若者よ、世界を旅しよう

エルドリッヂ研究所代表・政治学博士 ロバート・D・エルドリッヂ

ロバート・D・エルドリッヂ留学のメリットは豊富
自由の扉が閉まらぬうちに

 つい最近、東欧を訪れる機会があった。この旅は、二つの理由から私にとって特別なものになった。

 一つは、まだ行ったことがなかったが、長い間ずっと訪問したいと思っていたバルト3国を初めて訪れることができたこと。エストニア、ラトビア、リトアニアという順で訪れた。

 二つ目は、1989年以来初めての東欧訪問だったこと。89年の訪問では、既に存在しないチェコスロバキアとユーゴスラビアを含む6カ国を訪問した。これらの国々は当時、民主主義に目覚めようとしていた。私が訪れた直後、東西冷戦は終結に向かい、40年以上も分断されていたヨーロッパの再統合につながった。

 その当時、西側の人間である私たちが東側の国々を訪れることは不可能ではないにせよ、簡単なことではなかった。それに対して、旧ソビエト連邦の支配下で共産主義国家の国民の訪問は厳しく制限されていた。

 ソビエトの衛星国であった国々の多くは当時、現在の北朝鮮のような独裁国家、そして最近までの中国でも見られるように、自国民が外国の考え方に触れ、影響を受けること、特に普通よりも高い生活水準で暮らしている人々と会うことを危惧し、自国民が外国に行くことを妨げてきた。今まで政府が国民に対して行ってきた政策が間違っていたということを自ら認めることになるからだ。

 これらの政府は、秘密警察の監視から免れ、制限なしで発言し、行きたいところに行けるなどの自由を国民に体験させないようにしていた。国民が自国に戻った時、それらと同じような自由を享受する権利を主張することを恐れたからだ。

 国際電話をかけること、ファクスやラジオ、その他のコミュニケーション手段を所有することは制限された。さらには、外国の読み物、特に雑誌と新聞を読むことを禁止されていた。

 国際結婚を含め、外国人と交流を持つこともまた、厳しく制限されていた。外国人と接触した人々は尋問や逮捕におびえた。国から逃げようとした人々は、収監されるか、死刑になるかのどちらかであった。

 私は今回、ドイツにも行く機会があり、首都ベルリンにある名所「ベルリンの壁」を訪れた。61年に東ドイツから西ドイツへの移動を阻止するために建設された後、数万の人々が西ドイツに逃げ延び、自由でより良い生活を手にするために命の危険を冒した。不幸なことに、多くの人は逃亡に失敗した。彼らは白昼公然と射殺されるか、逮捕されるかし、二度と戻ってくることはなかった。

 これは当時の東欧諸国の人々にとって、現在でもまだ同じような制限の下で生活している人々にとって暗黒の時代である。

 対照的に、自由民主主義国家で生きるわれわれがこのような自由を持つことは大変幸せなことだ。四半世紀前に私が留学したときのように、昨今の多くの日本の若者が外国で生活し、学ぶ機会を生かしていないことはとても残念である。

 留学のメリットはたくさんある。外国の文化をより良く理解し、交流し、議論し、交渉する能力を習得できる。その上、大きな自信がつくばかりでなく、自国やその文化を今までよりずっと素晴らしいと感じることもできる。事実、留学したことのある学生は、彼ら自身の未来だけでなく、日本の未来についても同様に非常に前向きになるということが調査で分かっている。

 留学する日本人の数はピークであった2004年の8万4000人から、過去最低の11年の5万7500人にまで減少した。しかし、幸いにも再びこの数字は増加している。

 現在、留学する学生のおおよそ60%はごく短期間(1カ月以下)の滞在にとどまっている。それでもしないよりは良い。重要なのは海外に行くことである。それも、できるだけ早い時期に行くのが好ましい。

 現代社会には、テロリズム、戦争、犯罪、禁輸など、将来、外国に簡単に旅行することができなくなるかもしれないような要因が多く存在している。まさに今、朝鮮半島は核戦争になりかねない緊迫した情勢になっている。同じく、感染病の大流行が一時的、もしくは長期にわたり自由に、簡単な旅行を妨げる可能性もあり得る。たった99年前の1918年、5000万人から1億人がインフルエンザの大流行によって死亡した。それほどの規模でなくても、最近まで存在すら知られていなかったり、それほど広く知られていなかったりしたさまざまな病気の発生によって死に至るケースも数多くあった。

 決して読者の皆さんを怖がらせたいわけではない。私は、自由を愛する国の一員として、もっと多くの学生に、機会があるうちに外国で学んでほしいと思っている。この当たり前の自由が一時的に、もしくは永遠に失われる時が来るかもしれないということを誰も知らない。今回の東欧への旅行は私たちがどんなに幸せかを実感できる機会となった。