大統領制めぐりトルコ国民投票

EUと批判応酬 収束は?

 欧州連合(EU)加盟国とトルコの間で激しい批判合戦が展開している。その直接の契機は、トルコ政府関係者が、欧州国内で選挙集会を実施しようとしたことに対し、ドイツ、オランダなどが「国内の政治集会を禁止する」と表明、外相など閣僚の欧州入りを拒否したことにある。その背後には、欧州居住トルコ人の「二重国籍」問題がある。
(ウィーン・小川 敏)

独・オランダが選挙集会禁止
背景に在住者の二重国籍

 トルコで昨年7月、軍の一部勢力によるクーデター事件が発生したが、失敗に終わった。危機を乗り越えたエルドアン大統領は警察力で強権を駆使し、根本主義的なイスラム教国の建設に乗り出してきた。それを受け、トルコ議会は今年1月21日、「議会制」から「大統領制」に移行する憲法改正を承認したが、立法化に必要な票数に満たなかったため、是非を問う国民投票が4月16日に実施されることになった。

800

トルコ閣僚の入国拒否に抗議するトルコ系住民と衝突するオランダの警官隊=11日、南部ロッテルダム(EPA=時事)

 欧州居住のトルコ人には選挙権を持つ有権者が多い。そのため、トルコ与党「公正発展党」(AKP)や野党関係者は欧州に出掛け、選挙運動をする。

 それに対し、ドイツ、オランダ、スイス、オーストリアは国内でのトルコ人政治家の選挙運動を禁止してきた。欧州居住のトルコ人は与党支持派ばかりではないからだ。クルド系や野党勢力を支援するトルコ人も多数いる。そのため、与・野党支持者が、衝突する危険性がある(EUには約700万人のトルコ系住民が住み、ドイツには約300万人から350万人と推定)。

 国内の治安悪化を警戒するデメジエール独内相は先日、国内でトルコ人の政治活動、集会を禁止することを決定した。それに対し、エルドアン大統領は「ナチス時代と変わらない」と酷評し、ドイツ国民の怒りを買った。集会にはトルコ閣僚が出席し、大統領制を支持する憲法改正案の賛成を訴える予定だった。

 オランダ政府は11日、トルコのチャブシオール外相のオランダ入国を拒否し、ロッテルダム入りしたサヤン・カヤ家族・社会政策相がトルコ総領事館に向かうのを阻止した。両閣僚ともロッテルダムで開催予定のエルドアン大統領支持集会に参加する予定だった。トルコ政府はオランダ政府の対応に激怒し、オランダとの関係は国交断絶寸前といわれるほどだ。例外はフランスで、地元当局が治安上の脅威はないとして、トルコ系住民の集会開催を認めている。

 エルドアン大統領がオランダとトルコに対し、「ナチスのような振る舞いだ」と批判したことに、EUのトゥスク大統領と欧州委員会のユンケル委員長は15日、「そのような批判をする国がEUに加盟することなど考えられない」と強く批判した。

 問題は、欧州居住のトルコ人が母国の憲法改正の是非を問う国民投票の選挙権を有していることだ。彼らは居住する国の国籍を得る一方、トルコ国籍を維持しているケースが少なくない。欧州では二重国籍を基本的に禁止しているが、誰がトルコ人国籍を所有しているかチェックできないため取り締まりが難しい。

 一方、トルコの憲法改正を問う国民投票では目下、賛成と反対が拮抗(きっこう)している。それだけに、エルドアン大統領はAKP支持者が多い欧州居住のトルコ人有権者の票を無視できないわけだ。

 オーストリアの極右政党・自由党のシュトラーヒェ党首は12日、「トルコ人が、投票場に出掛けた場合、トルコの選挙権を持っていることになるから、その場でオーストリア国籍を剥奪すればいい」と提案しているほどだ(オーストリアに住むトルコ系住民は約36万人。そのうち、二重国籍を持つのは10万人と推定されている)。

 トルコは地理的にオリエントとオクシデントの中間に位置し、西欧と中東の懸け橋的な役割を果たしてきた。もちろん、それだけではない。オスマン・トルコ時代は欧州に北上し、欧州各地を戦場化した。

 欧州最大の経済大国となったドイツは戦後、労働者不足をカバーするために大量のトルコ人労働者を受け入れた。トルコ人労働者はドイツの経済復興の陰の功労者だ。そして戦後70年が過ぎた今日、欧州に定着したトルコ人労働者の家庭は2世、3世時代に入っている。

 トルコは宗教・文化的にはイスラム圏に属するが、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であり、キリスト教圏のEUへの加盟を模索してきた。最近では、欧州に中東諸国から難民、移民が殺到したため、ブリュッセル(EU本部)は難民収容問題でアンカラ政府と交渉し、難民収容問題の解決に乗り出したが それも現在は難しい状況になっている。