トランプ政権発足2ヵ月 同盟関係の不安「米国第一」と「力による平和」目指す
トランプ米大統領が就任してきょうで2カ月。同大統領は、今後どのように内政外交とりわけ東アジア外交を展開していくのか。これに日本はどう対していくべきか。元日朝国交正常化交渉日本政府代表で公益財団法人・日本国際問題研究所特別研究員の遠藤哲也氏と米外交に詳しい筑波学院大学名誉教授の浅川公紀氏に語り合ってもらった。(司会=編集局長・藤橋 進)
米国民と産業の保護優先 浅川
各論がなかった議会演説 遠藤
トランプ大統領が誕生してから2カ月になる。その間、たくさんの出来事があった。2月28日の議会演説はだいぶ大統領らしくなったと評価されたが。

浅川公紀(あさかわ・こうき) 1944年山梨県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。国際政治、米国政治外交論、日米関係論専攻。筑波学院大学名誉教授。著書に『戦後米国の国際関係』(武蔵野大学出版会)、『現代アメリカ政治の分析』(行政研究所)、『冷たい平和』(PHP研究所)、『戦後日米関係の軌跡』(勁草書房)など。
浅川 70歳で史上最高齢の1期目就任だが、8年間やるという意識の大統領だと思う。1月20日の就任演説は非常に短い、明快な演説。そこからトランプ氏のやりたいことが分かる。演説では「米国第一」を明確に打ち出し、「貿易、税制、移民、外交についての全ての決定は、米国の労働者と家族の利益のために下される」と言った。また「ワシントンから国民に権力を取り戻す」と、今までの大統領が就任式で言わないようなことを敢(あ)えて強調した。
さらに経済や貿易の基本原則として「米国の製品を買う」「米国人を雇う」という二つを挙げた。そして「米国を再び偉大な国にする」ということと「プロテクション」ということを盛んに言っていた。プロテクションは保護主義と言われるが、実際は米国民や国内産業、本土を保護するということ。これが偉大な繁栄と強さにつながると強調した。こうした内容が議会演説にもつながったと言っていい。彼の国内・対外政策は「米国第一」「プロテクション」に結び付くとみるのが自然だ。米国民や本土を直接脅かすようなイスラム過激派、テロリズムとの戦いを最優先にするというのは分かる。

遠藤哲也(えんどう・てつや) 1935年生まれ。外務省入省後、在ウィーン国際機関政府代表部初代大使、国際原子力機関(IAEA)理事会議長、日朝国交正常化交渉日本政府代表、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)担当大使、駐ニュージーランド大使など歴任。2010年、瑞宝中綬章を受章。現在、日本国際問題研究所特別研究員。
遠藤 トランプの外交政策には三つの特徴がある。一つ目は「米国第一」。戦後の国際秩序というのは米国が指導して保たれていた。小さな国が自国第一というのは当たり前だが、超大国の米国が自国第一というのは非常に問題を含んでいる。二つ目は「保護主義」。これは米国第一とつながってくる。戦後の経済・政治秩序は米国が引っ張って自由主義、自由貿易をやってきた。だが国際協調主義が後退して、保護貿易主義が出てくるようになる。三つ目は「損得」。トランプ氏はビジネスマンだったから当たり前だが、超大国の元首になれば損得だけではやっていけない。経済も損得だけを基準にするのは危ない、ことに外交・安全保障は損得とは違う価値観などが絡んでくる。就任演説や議会演説を見ても、価値観などはあまり出てきていない。
大統領就任後最初の2カ月はハネムーン期間。ところが、トランプ氏の場合は波瀾(はらん)万丈の船出だ。難民・移民を規制する大統領令を出したが、裁判所が差し止めた。また、メディアに対してかなり攻撃的。国民の団結を議会演説で訴えたにもかかわらず、実際は分断している。もう一つ、議会演説を通して感じるのは、総論は出ているが各論はほとんど出ていないということ。軍事力増強のため、国防費を前年度比1割増やす。他方、海外援助事業の予算を減らす。そして減税もする。歳入はどうするのか。課題を先送りしている気がしてならない。
人事面では、ティラーソン国務長官、マティス国防長官はまともな人。しかし、問題のある人もいる。例えば、エネルギー長官に「エネルギー省をぶっ壊せ」というテキサス州のペリー前知事を選んだ。石油、天然ガス、石炭などを重視してきた経歴の人。バノン首席戦略官・上級顧問は圧倒的な力を持つと言われている。
浅川 バノン氏は右翼とかいろんなレッテルを張られているが、それでも選んだ。
遠藤 問題は、閣僚らがトランプ氏とうまくやっていけるか。トランプ氏と違うことを言っている。
米国の国益に叶えば外へ出る 浅川
アジア重視示した日米会談 遠藤
日本など同盟国との関係はどうなっていくのか。NATOに関しては時代遅れという発言があったが、メイ英首相との会談では若干修正され、同盟国が安心してきたところもある。安倍首相との会談も成功だった。
浅川 だがオーストラリアのターンブル首相との電話会談は、難民問題で険悪な雰囲気に陥って途中で電話を切ってしまった。
まだまだ不安材料はある。
浅川 われわれを含め世界の国々は、トランプ氏が次に何を言うか戦々恐々としている。しかもツイッターで発信する。140字という短い文で話をする。
遠藤 記者会見をほとんどやらない。ツイッターは一方通行だ。
浅川 トランプ氏はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使うことで、国民にそれを広めていけばいいという考え方が強い。国民も今はそれで納得している。しかし、どこかでメディアは爆発するだろうし、議会ももう少し説明してくれということになるから、トランプ氏も本当はもう少し大人にならないといけない。
同盟関係の不安
トランプ氏は議会演説で「同盟国は、米国がいま一度、指導力を発揮する覚悟があることを知るだろう」と言っている。一方で「私の役割は、世界を代表することではない」とも述べた。実際に外交政策がどう展開されるのか。
浅川 オバマ前大統領は「世界の警察官にはならない」と最後まで言っていた。トランプも同じことを話している。でも、ニュアンスの違いがある。例えばトランプ氏は就任式の後、「米国第一主義の外交政策」というホワイトハウスの公式ホームページをつくっている。そこでは「力による平和」をはっきりと宣言している。力を基にして平和を考える。これは同盟国や世界は安心してもいいという証しだと思う。それで軍事力を増強する。この点は彼の一つの持ち味だろう。ただ、オバマ氏の「世界の警察官にはならない」ということに「ノー」と言わないのはなぜか。オバマ氏は国際協調主義だから、後ろからバックアップすると言いながら8年間過ごしてきた。だが、トランプ氏はそういう考えではない。米国の国益にとって意味がなければ外には出て行かない。その代わり「米国第一」「プロテクショナリズム」にプラスになることがあれば、いつでもその地域に出て行って米国と米国民を保護する。こういう違いがあると思う。
遠藤 私もその通りだと思う。ただ、それにしても同盟国の神経を逆なでするようなことが多い。
具体的な外交課題はいろいろあると思うが、その優先順位は。
浅川 テロとの戦いがトランプ氏にとっての優先課題。過激派組織「イスラム国」(IS)を打倒するための意気込みはある。
遠藤 地域別に分けて、対ヨーロッパ、対ロシア、対中東、それから対アジア政策をどうするか。アジアの場合はおそらく日本、中国、朝鮮半島の三つに分かれるだろう。
浅川 アジアにいくつもの国があり、同じようなやり方で外交はできない。国によって対応が違うから、トランプ氏は自分の考えだけでは動けない、国務長官や国防長官ら有能な人たちの言うことを聞きながらせざるを得ない。
遠藤 アジアに関しては、安倍首相との首脳会談が早々に行われた。まずマティス国防長官をアジアに送り、ティラーソン国務長官も日本、韓国、中国を歴訪した。これはやはりアジア重視政策の表れ。オバマ氏は確かに「アジア・リバランシング」と言っていたが、アジアに対して何もやっていない。
浅川 口では言っていたが、実体が伴っていなかった。
遠藤 外交とか政治は成果主義。オバマ氏は中国の南シナ海進出を放置した。北朝鮮に対しては「戦略的忍耐」で何もしていない。北では核・ミサイル開発が進んでいる。
浅川 オバマ氏は、自分が最初のアジア太平洋大統領だと豪語している。しかしアジアに対して結局、何をしてくれたのか。お手伝いはするが、それ以上のことはしない。ヨーロッパに対してもそういう感じがあった。
対中外交の行方
対中外交が重要になってくるが、昨年12月に台湾の蔡英文総統との電話会談があり、続いて「一つの中国」政策にとらわれないという発言があった。しかしその後、中国の習近平国家主席との電話会談では、大変微妙な言い回しだが、「一つの中国」を認める考えを伝えた。台湾や南シナ海の問題に、トランプ氏はどのように臨むか。
遠藤 艦艇を送り込んで航行の自由を示すことはできるが、実際に南シナ海で行動するのは難しい。
浅川 おそらく、中国は戦争までして米国と争う意識はない。南シナ海に建造物を造るのは米国や東南アジアを牽制(けんせい)することが狙いだ。トランプ氏は台湾に好意的な発言をしたけれども、「中国は一つ」ということは分かっている。台湾への発言が中国に対する抑止力になるのは当然だが、それとともに、台湾の武器調達のために関係を強化するという意識があって当たり前。今後は、米国と台湾との軍人交流が盛んになるだろう。
遠藤 ディール(取引)が入ってくると恐ろしい。貿易で何とかしようとか、将来こちらは認めてあげようとか、取引で黙認してしまうと困る。
浅川 そうなっては困る。ただ、トランプ氏が外交においてディールをやるかもしれないということは頭に入れておかなければならない。外交・安全保障となると国の核心だから、ディールはしてほしくない。
遠藤 トランプ氏は衝動的。安全保障や核について、ほとんど知らない。
浅川 外交・安全保障については素人。今までそういうことにタッチしたことがない。これからは大統領だから、そういうわけにはいかない。
遠藤 ティラーソン氏らの意見を十分に聞いてやってくれればいいが、そうでなくて「俺が大統領だ」とやり始めればおしまい。閣僚が辞任するということも起きる。
浅川 オバマ氏が大統領の時も、国防長官が4人も代わった。意見が合わなくて切られている。そういうことになると困るが、国務長官、国防長官もトランプ氏に要請されて就任した。仕事をするという意識が強いので、それが続いてほしい。ただ、国務長官、国防長官以下の副長官、次官、次官補といった人事が決まっていない。
遠藤 副長官以下が決まっていない。政策決定というのは、こうした人たちの議論によって行われる。
浅川 だから、なかなか政策をどうするかというところまでいかない。これまでの大統領の中では珍しい。
焦眉の急北朝鮮
遠藤 北朝鮮問題が焦眉の急だということで何かを検討しているらしいが、大前提として誰を中心にやっているのか。長官がいても、あとのスタッフが決まっていない。長官は北朝鮮のことをよく知らないと思う。
浅川 戦略的忍耐はやめて「あらゆる選択肢を検討する」ということだけは言っている。
遠藤 では、誰が検討しているのかということだ。
浅川 北朝鮮に関しては体制転換と軍事行動という二つの言葉が出てくるが、もう少し肉付けしたものがないと何を考えているのか分からない。ただ、体制転換や軍事行動が言われているということは、オバマ前政権との違いだ。
遠藤 確かに、北朝鮮のミサイルの射程が延びてきて、やがては米本土に届くようになってくると真剣に考え始めている。ただ、北朝鮮に対する日米韓中のうち、韓国の状況が非常に不安定になっている。大統領選の有力候補の文在寅(ムンジェイン)氏は北に融和的で、在韓米軍への最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備をやめると主張している。だから軍事行動については、韓国とのすり合わせをきちんとしないといけない。
文氏は盧武鉉(ノムヒョン)元大統領の側近。盧氏のような政策を取ってくると米韓関係はよくならない。そうなると、北朝鮮に対する日米韓の協調が取れなくなる。
どういう選択肢を取るにしても、日韓米の基本の構図が崩れていてはうまくいかない。
浅川 国防長官は中国に行かなかったが、国務長官は行った。強いことを米国は考えているのかなと推測せざるを得ない。国防長官がこの前来て、すぐに国務長官が来る。この期間的な短さというのは前例がない。トランプ氏の頭にあるのは「北朝鮮をどうするか」ということ。
遠藤 トランプ氏にとって北朝鮮問題は試金石。ただ、中国は韓国へのTHAAD配備に反対している。中国は韓国にとって最大の貿易相手国。韓国は困るのではないか。
日米好スタート
そういう中での日米関係だが、2月の日米首脳会談で安倍首相は異例の厚遇を受けた。
遠藤 日本の一部には「朝貢外交」という声もあるが、とんでもないことで、あれはいいスタートを切ったと思っている。ただ問題は今後経済面で、かなりきついことを言ってくるだろうということだ。在日米軍駐留経費の負担増については言わないと思う。だが、防衛費は増額するように言ってくると思う。
浅川 トランプ氏は議会演説でNATOが大事だという言い方をしながら、同盟国は役割分担、財政負担を考えなければならないとNATOに対して言っている。日本も同じ。
遠藤 NATOは国防費を国内総生産(GDP)比2%を目標にしている。日本は1%。防衛費増額を言ってくる可能性はある。
浅川 日本は米軍駐留経費の85%を出している。日本が経費を全額出せば、米兵は日本の傭兵かという話が出てくる。それは米国にとってもプライドを傷つけられる話だから、駐留経費の負担増については言わないだろう。他の同盟国が4割前後を負担しているのに比べ極めて高い。防衛費が1%の日本に対して、もう少し役割分担、財政負担を、という言い方をしてくるだろう。武器調達でお金が出ていく。
遠藤 麻生太郎副総理兼財務相とペンス副大統領との間で経済問題を協議する。ナンバー2同士の話し合い。米国にとって日本は中国に次いで貿易赤字が多い。貿易不均衡の問題を何とかしてほしいということを言ってくるだろう。
浅川 安倍首相とトランプ氏との会談がうまくいったのは、首相が多くの日本企業が生産を米国で行って雇用も促進している、日本が世界で一番、米国に貢献しているということを言ったからというのは間違いない。これは日米首脳会談における成果だ。
トランプ政権がナンバー2同士のところで、何か言ってくるだろうから、その前に日本としてはこういうことをやりますよ、こういう投資をしますよということを言った方がいい。トランプ政権の基盤が固まっていないうちに先手を打つ。
防衛費増の問題も、日本は尻を叩(たた)かれる前に、どんどんやった方がいいのではないか。
浅川 安倍首相は防衛費を増やすと国会で答弁した。増えると思う。
米国では、ソ連の軍拡を許した民主党のカーター大統領の後に共和党のレーガン大統領が登場し、レーガン革命を行って冷戦を勝利した。今回はリベラルなオバマ氏の後にトランプ氏が出てきた。そこからトランプ氏が“第2のレーガン”になれるのではないかという希望を持つ向きもあるが、そういう可能性はあるか。なるとすれば、どういうことが必要か。
遠藤 当人はなりたいと思っているだろう。もっとも、レーガンはプレスとの関係が良くて「グレート・コミュニケーター(偉大なる伝達者)」と呼ばれた。ところが、トランプ氏は主要なメディアを敵に回している。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズの悪口を言っている。コミュニケーションが取れるのか。国民の半分はトランプ氏の政策に反対している。だから実績を上げられるのかどうか。
浅川 トランプ氏の支持率は38~50%。就任してから今くらいの時期の大統領はだいたい60%台だから支持率が低い。ツイッターだけではうまくいかないという証し。やはり国民はテレビ、ラジオ、新聞などを通じて、トランプ氏は何を考えているかを理解する。第2のレーガンになるには、このことにもっと意を尽くす必要がある。ツイッターは続けていいけれど、それ以外の記者会見も多くするとか、国民の前でもっと演説をするとかしなければならない。レーガンの場合、国民の間で意見が分かれている政策についてテレビに出て話をする。だから「グレート・コミュニケーター」といういい名前をもらった。こういう努力をすれば、トランプ氏もレーガンになれる。レーガンも最初は「戦争をやるやつだ」と言われた。今のトランプ氏と同じで、好意的な発言ばかりではなかった。ところが大統領になって、8年間やって冷戦を終結させて評価の高い大統領になった。
遠藤 トランプ氏を大統領に押し上げたのは、大都市ではなく、中西部の「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」の人たち。彼らはグローバリズムや技術の進歩から取り残されたと思っている。保護貿易主義では、輸入品が高くなる。その影響を受けるのは、トランプ氏のような大金持ちではなくてトランプ氏を支持した中流や下層階級の人たち。
浅川 こうした人たちがもう少し潤うかどうかが問題だ。
遠藤 そうでないと、支持層に見放される。
浅川 そうなると再選の時に投票してくれない。それとともに、今まで彼を支持してこなかった人をどう取り込むか。コミュニケーションを取ることで支持をしてくれなかった人を取り込む必要がある。議会演説では寛容と多様性ということを言って国民を引き寄せようという意欲はあるので、それを続けないといけない。それが第2のレーガンなる一つの早道。もう一つは、レーガンのように閣僚やホワイトハウスのスタッフに非常に信頼を置ける優秀な部下を配置すれば、レーガン流の行政システムを確立していけると思う。
トランプ氏が大統領選で勝利した州は福音派が多いということだが、白人のキリスト教徒、米国の伝統的価値観を持った人たちの期待にも応える必要がある。
浅川 福音派はクリントン元国務長官よりトランプ氏の方がいいということで投票した。米国の良き伝統、宗教を守りたいと考える人たちがトランプ氏を推した。トランプ氏は当選したことで、今の米国にこういう層がかなりいるということを感じていると思う。 それを理解して「米国精神の復活」ということを言って、支持者をつなぎとめている。今までオバマ氏が一生懸命やっていた妊娠中絶やLGBT(同性愛者など性的少数者)の問題をめぐって、こうした人々への配慮よりも、伝統的には中絶はまずい、結婚は男女に限るというオーソドックスな考えに基づく政策を取ることになるだろう。