敵対者を脅迫するトランプ氏
民主的良識への侮辱
繰り返される扇情的発言
はちゃめちゃで、どうしようもなく混乱した第2回大統領候補討論会は、ドナルド・トランプ陣営を消滅から救うには十分だったが、勝利の可能性を取り戻すには不十分だった。健康問題で神風は吹かず、プーチン氏の壮大なウィキリークス漏洩(ろうえい)作戦も功を奏さなかった。
トランプ陣営がわいせつ発言でつまずいたのは奇妙だ。驚くようなことではないはずだからだ。トランプ氏の女性蔑視はずっと前から、誰もが知っていたことだ。トランプ氏に資質がないとする理由も嫌というほど見せられてきた。うそをつく癖があり、病的なナルシストであり、まったくの無知で、基本的な人への思いやりというものがまったく欠如している。
第2回討論会でその理由がさらに増えた。わいせつ発言のことではない。大統領になれば、ヒラリー・クリントン氏を刑務所に送ると脅したことだ。
これは当然ながら特別検察官を任命してからの話だ。細かなところは任せるしかない。まず、公正な裁判、その後に適正な罰が下される。討論会の翌日、ペンシルベニア州での集会でトランプ氏は、「ヒラリーを刑務所へ」という声援に対し「刑務所送りにすべきだ」と応えた。2日後、フロリダ州レイクランドでの集会で「刑務所に行くべきだ」と訴えた。
このような扇情的な発言は、民主主義の基本的な良識に対する侮辱であり、米国で許容される政治的発言の一線を越えている。民主体制下での選挙は、入念に考え定められた制度であり、権力闘争を解決するためにかつて取られていた戦闘に代わるものだ。しかし、この理想が実現するのは、結果の正当性を受け入れ、一線をわきまえるという相互の合意が守られた場合だけだ。トランプ氏は、選挙プロセスそのものが「いんちき」と訴えることで選挙の正当性を損ね続けている。
勝者には、限定的な政治権力が一時的に与えられるにすぎず、復讐(ふくしゅう)の権限が与えられるわけではない。プーチン氏、ウゴ・チャベス氏らのようなけちな独裁者は、反対勢力を収監した。米国の指導者はしない。
そのようなことを口にすらしない。政治的な抑制、自制という基準が定着するまで数十年、数百年とかかった。しかし、復讐心を抱き、ポピュリズムを煽(あお)る扇動者が1人いれば、あっという間に失われてしまう。
クリントン氏のメール問題への捜査は、政治によって妨害されたと言いたいわけではない。連邦捜査局(FBI)のコミー長官は、訴追しないことを勧告したが、不可解で、問題がある。捜査がまだ続いているにもかかわらずオバマ氏は、クリントン氏のメール問題は国家の安全を脅かさなかったと捜査に影響を及ぼすような発言をしたが、これは極めて不適切だ。
だが、ここで仕切り直して、結果の分かっている選挙を一から始めようと言っているわけではない。保守派は、オバマ政権が権力を乱用し、行政機関-内国歳入庁(IRS)のことだが-を自己の利益のために利用したと激しく追及した。共和党も同じことをすべきなのか。
米国では、政敵を迫害することはしない。だからこそ、ジェラルド・フォード氏はリチャード・ニクソン氏に恩赦を出した。当時は非難されたが、今ではこの恩赦は高く評価されている。結果的には、この恩赦のせいで大統領職を続けられなかった。ニクソン氏は、起訴された方がよかったのかもしれない。しかし、フォード氏は、大統領が公職の中で行った行動のために収監されることになれば、民主的統治の社会的性格そのものを脅かすことになることが分かっていた。
トランプ氏のクリントン氏収監発言はそれ以外にも問題をはらんでいる。今回だけではないことだ。トランプ氏が、大統領の権限を利用して政敵を攻撃するとほのめかしたのはこれが初めてではない。トランプ氏は、ワシントン・ポスト紙のオーナーであるアマゾンのジェフ・ベゾス氏を、「政治的権力を生かして私やそのほかの人物に反対する道具として」新聞を使ったと非難、「このままでは終わらせない」と脅迫した。
政治的言論の自由を行使しているだけだということだろうか。
トランプ氏は、他の人物も同じような調子で批判してきた。ツイッターに「シカゴカブスを所有しているリケッツ家は、ひそかに私の攻撃に資金を投入している。気を付けた方がいい。隠していることがたくさんある」と投稿した。
そればかりか、名誉毀損(きそん)法を「新たに作り」、自身を不公正に非難した人物を訴追しやすくすることを約束した。公正な非難を受けたことがあるとでも言いたいのだろうか。
この選挙は、核コードをトランプ氏に渡すかどうかだけでなく、IRS、FBI、連邦通信委員会(FCC)、証券取引委員会(SEC)などを、力で支配しようとする人物に任せるかどうかを決める選挙でもある。トランプ氏は自身の言う「公正」を実行するために何をするか分からない。近代国家の巨大な権力を、批判したものは罰し、敵対者は収監すると宣言した人物に与えるとどうなるのかを想像してみてほしい。
(10月14日付)