石油とイスラムとの妙な縁

金子 民雄歴史家 金子 民雄

危機意識欠いた日本人

油田確保が今次大戦の理由

 気温が高くなってすっかり夏の気配になると、なぜかさまざまな思いが甦(よみがえ)ってくる。それは幼少期のもので、大概は今次大戦の時のことだ。大東亜戦争と呼ばれたこの戦いも、後に味も素っ気もない太平洋戦争と衣替えされたものだが、なぜか最近遠い幼い頃の思い出が多くなった。理由などないのだが、多分、戦争中の遊び仲間の多くが、このところ次々と世を去り、すっかり寂しくなったからかもしれない。

 いまさら太平洋戦争のことなど、戦争体験のない人には思い出すのも嫌だろう。まして今次大戦の相手国アメリカ軍が、今でも日本国内や沖縄に駐留しているのだから、日本政府だって触れずそっとしておきたいだろう。しかし、今、急に思い出したりしたのは、なぜ日本が今次大戦に踏み込んだのか、その理由を小学校以来、学校教育で学んだ記憶がないからだった。左翼系の教育者は日本民族は戦争を好む民族だからだと、分かったようで分からない説明をするのが常だった。

 しかし、今次大戦の直接的な理由は、日本に石油が産出しなかったからだ。こんな簡単なことを子供の頃聞いたことがない。みな押し黙って語らない。これは日本人のメンツだったからだろう。大日本帝国に石油資源がないなど、口が裂けても言えなかったのだろう。

 日本が明治維新で開国したものの、気が付いたら石炭はあったが石油がなかった。基本的燃料資源がなかったら、さてどうするか。唯一の手段は海外の産出国から輸入に頼るしかない。このことにいつ気付いたのか。中国との戦争が盛んになるにつれ、当然気付いたはずだが、不思議に思えてならないことは、日本の政府も軍部も積極的な対策をとった様子がうかがえないことだ。このままではじり貧になりかねない。ではどうするか、窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)むしか手がない。これで相手を倒せればよいのだが、逆に噛み殺されてしまっては終わりである。中国との戦争は拡大する一方で、とうとう1941年、アメリカは日本への石油全面禁輸を行った。この時なぜ日本がいち早くこのことを察知して、今少し手段を講じなかったのか、後から出た知恵とはいえ、当時の日本の指導者が果てしない愚か者だったと言えよう。

 ついに追い詰められた日本は、昭和16年(41年)12月8日、真珠湾攻撃に打って出た。ここでも日本側の行動はどう見ても理解の限度を超えている。第一、ハワイには石油の産出がない。目的はあくまで南方の油田確保であり、南方への進出を進めた。ただこの南洋方面の石油産出地を占拠し、ここを接収することは図上で考えるよりはるかに困難である。しかも南方海上には大小無数の島が浮かんでいるが、この島々から石油が産出するのだ。この全てを占拠するなど不可能に近いが、ともかくできる限り占有することだった。

 ここで日本軍は大きく二つに分かれて、一方の西側はマレー半島に上陸しシンガポールへ、その南隣のスマトラ島のパレンバンへと向かう。またこの中央部にあるボルネオ島からその東にあるセレベス島へは、その北方にあるフィリピンの南端に位置するダバオを基地として、次々と上陸作戦を敢行した。以前、ダバオを訪れたが、日本人にとっては歴史的重みは大変大きいと思った。この南洋作戦で、日本の若者たちは戦闘で100万人以上は戦死したはずである。

 中央に位置するボルネオ島は観光地ではないのであるが、その東側の海岸線に沿ってずらっと町が並んでいる。ここは全て石油の埋蔵地であり、オランダ領のこの地域に、日本軍が上陸して石油を確保した。またこのボルネオ島の北部のマレーシアは英国の統治地であった。ここでは何も日本の南方作戦に触れるつもりはないが、日本にとってまさに死活問題の土地だったのである。

 ところが日本にとって最も重要な石油の情報と、日本が最後にとらねばならぬ解決方法の予測まで知り尽くしていたのは、当時ソ連のスパイだったリヒャルト・ゾルゲだった。彼は早晩追い詰められるはずの日本は、石油確保のため戦争を開始するだろうと予測を立てていた。日本は中国大陸で戦争をやっていたから、戦争に対する認識がどうしても甘い。一体どこと戦争をするのか。この時のゾルゲはソ連を別にして米英蘭豪と予測を立てていたはずである。この戦争で日本は勝てるのだろうか。日本はまるっきり事態の重大性を感知していなかったとしか思えない。

 こういった石油をめぐることも、みな過去のこととなってしまった。そして現在これに代わって登場したのがイスラムとのテロとの戦いであろう。これももう決して他国の問題でなく、身の回りのことになったようだ。日本人には危機意識がまるっきりない。妙な縁で石油とイスラムとの関わりも大変深い。日本の南方作戦の重要な拠点となったのもジャワ島だが、ここはイスラム圏である。石油とは直接縁はないようだが、テロ事件の起きたバングラデシュ(前東パキスタン)も、イスラム圏である。

(かねこ・たみお)