選挙にらみ変貌する民主党
クリントン主義が崩壊
主張変えるヒラリー氏
【ワシントン】こんなに変わってしまった。共和党の話ではない。共和党の有権者の37%が支持する最有力候補が、貿易、補助金改革、小さな政府、パックスアメリカーナに関する、場合によっては中絶までも含む、レーガン後にずっと守られてきた基準を否定する事態になっている。だがその共和党ではなく、民主党の話だ。
1990年代の中道左派、(民主、共和両党から距離を置く)トライアンギュレーション、ニューデモクラッツのクリントン主義は死んだ。いつの間にか力を失い、創設者自身の手によって完全に、あっさりと葬られた。
その最終章ともいうべき出来事が先週、起きた。ビル・クリントン氏は、自身の1994年犯罪法に抗議する黒人運動「黒人の命も大切だ」(BLM)の人々に対して、この法律を必死に擁護した。犯罪組織のリーダーらが捕まったことで、当時はやっていた麻薬に手を出さず救われた黒人が数多くいたことを無視していると反論した。
しかし、翌日になって決まり悪そうな様子で、この件に関して後悔していると謝罪した。その目的は明らかに、妻ヒラリー・クリントン氏の選挙キャンペーンを支援するためだ。ヒラリー氏がバーニー・サンダース氏の攻撃をかわすには、アフリカ系米国人の票が欠かせないからだ。
もちろん、ビル・クリントン氏は、あの犯罪法は正しいと思っている。因果関係を証明することは不可能だが、この法律によって、米国でかつてないほどの規模で犯罪が減ったのは間違いない。
そのうえBLMによる、1994年犯罪法は人種差別を促進し、若い黒人男性の大量収監につながるという批判は、連邦議会黒人議員幹部会の3分の2が法案を支持したことからみて、間違いであることは明らかだ。公民権運動のパイオニア、ジェームズ・クライバーン議員(民主、サウスカロライナ州)も支持した。都市のスラム街に麻薬がはびこり、死者が数多く出たことに驚いたことが直接の原因だ。
法律が行き過ぎていた場合、この場合は強制的量刑条項を緩和するなどで改正すべきかどうかは議論すべきテーマだが、BLMのように、この法律の差別的な刑事司法制度によって、若い黒人の人生が破壊されていると訴えることはまったく別の問題だ。サンダース氏に追い上げられているヒラリー氏は基本的にはこの見方を支持し、「大量収監の時代」と、警察と法廷による黒人虐待を終わらせるよう求めている。
25年前にシスター・ソールジャの逆差別をあえて非難することで、民主党のイメージを変えたビル・クリントン氏がこの新しく、間違った基準に屈することは、民主党がクリントン政権時代以来どれだけ変わったかを明確に示している。
しかし、古いクリントン主義の崩壊はここでとどまらない。貿易を見てみたい。北米自由貿易協定(NAFTA)を推進し、成立させたのはビル氏だ。ヒラリー氏は2007年から08年に出馬した際に、NAFTAを非難したが、国務長官として従来の自由貿易支持に戻り、環太平洋連携協定(TPP)を推進し、貿易の「金字塔」と評価した。
だが、それを放棄したようだ。TPPに反対し、再びサンダース氏や、党の基盤である左派に非難された。本気で考え方を変えたのではないかもしれないが、変わり過ぎだ。党の新しい反貿易コンセンサスに取り込まれてしまっている。
夫が描いた国際主義のもう一つの柱は、16年になる前にすでに倒されていた。ヒラリー氏自身がこれに積極的に手を貸したこともあった。ビル氏の外交の中心には、米国は「なくてはならない国」という考え方があった。今はなくてもいい国になってしまった。衰退している。ヒラリー氏のロシアとのリセット外交。イランとの核合意はヒラリー氏が12年に行ったオマーンでの秘密会合で始まった。11年のイラク撤収は悲惨な結果を生んだ。
ビル氏のもう一つの主要な実績、福祉改革でも同様のことが起きた。オバマ大統領はそれを根底からひっくり返してしまった。ビル氏はこれを黙認した。ヒラリー氏に、夫のレガシーを否定する必要はない。ヒラリー氏自身も望んでいたことだからだ。
民主党はどこまで行ってしまったのか。ビル氏は1994年中間選挙の大敗北後、銃規制を諦めた。今、ヒラリー氏は、銃規制に甘いとサンダース氏を攻撃している。
夫のビル氏の民主党とはまるで違う。ヒラリー氏が選挙キャンペーンでサンダース氏の支持者のように見えるのはそのためだ。ヒラリー氏自身が言っているように目指すところは同じだが、ヒラリー氏は実行できる。そこに最大の皮肉がある。この15年間、「ヒラリーを大統領に」運動が続いてきたのは主に、ビル・クリントン氏の1990年代の勢いがあったからだ。平和、繁栄、健全財政を獲得した「歴史の終わり」の時代だ。
あの時代を取り戻したいならヒラリー氏に投票すればいい。からかっているわけではない。だが、ヒラリー氏が勝利しても、「帰ってきたクリントン」に命を吹き込むのはビル氏ではなく、サンダース氏だ。
(4月15日)