癌を癒し治癒力を高める
実存的転換で自然退縮
身体を感化する心理的な力
今日、日本人の2人に1人は癌(がん)に罹り、3人に1人が癌で死亡している。高齢者人口が年々急増しつつあることから、今後更に増え続けることが予想される。今や日本人の身近な「国民病」が癌の病いである(「癌」の字は中国医学で宋の頃に用いられ、我国では江戸末期の蘭方医・佐藤泰然が「乳癌」にこの字を用いている)。その癌の治療は、「標準治療」(三大療法)として「外科治療」・「放射線治療」・「化学治療」であるが、厚生労働省は「癌の代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」という研究班を発足させている。そこで近年注目されている「補完代替医療」の一つに「癌の心理療法」による「心理的免疫療法」があるのではないかと思う。
古代インドのアーユールヴェーダ(伝統的医学)では、〝病は恵みである〟という(アーユール=健康、ヴェーダ=知恵、の意味)。つまり、〝病になる前には解らなかった人生の意味や自分の真の姿に気づかせてくれる〟というのである。言い換えれば、病を恩寵として受け入れることによって、その人の人生観や死生観に変容が生じてくるのである。
そのことによって、その人の「信念体系」(考え方そのもの)が健康に影響を与えるのである。このことは、近年の「精神神経免疫学」の知見からも科学的根拠(エビデンス)が明らかである。即ち、自分の病名(癌)を知ることが転機になり、残された日々を積極的に生きようとする心の在り様が、その人の生活態度の変化を生じさせ、「生きる意味への気づき」という精神的変容、即ち「実存的転換」(心機一転)により、これまでの生活を是正しつつ残された掛け替えのない生涯の日々を前向きに建設的に生きようとするのではなかろうか(この「実存的転換」という言葉は米国の精神医学者・ブースが最初に用いている)。この「実存的転換」により自然治癒力を高め、癌の「自然退縮」に深く関わっていることがこれまで明らかになっている。
「自然退縮」とは〝組織学的に診断の確定した癌が、医学的に有効とされる治療法がないにもかかわらず縮少したり消失したりする現象〟と定義されている(「ラザロ症候群」、ヨハネ伝11・43参照)。それを学問的に検討した例に、アメリカの研究者キャロル・ハーシュバグは、1372例の自然退縮例を分析し、次の3要因が自然退縮に関連していると推測している。
①病気を克服しようとする意思②生きる目標③良い結果を信じる心理的要因。これらは、いずれも自分が癌であることを前向きに捉え、癌の不安や恐怖を克服して生き甲斐を発見し、意欲的に行動していく方向へと気持ちの転換を図るということではなかろうか。
これを裏付ける調査として、ロンドン大学のアイゼンク教授は癌患者1300名を15年間追跡調査した結果、自律性のない患者(絶望して消極的な気持ちで治療を受けている人)の約46%は癌で死亡したのに対して、自律性のある患者(希望を持って積極的な気持ちで治療を受けている人)の癌での死亡は0・6%だという。つまり、希望を持って毎日を生きることが、癌の予後に影響を与えていることが解るのではなかろうか。大事なことは、〝焦らず・諦めず〟に日々を大切に生きることではないかと思う。
次に心理的免疫療法である「サイモントン療法」について述べてみよう。
サイモントン療法の提唱者・サイモントンは、腫瘍学の専門医で、同時に癌カウンセリング研究センターを設立し、癌患者の心理療法(サイモントン療法)を行っている。サイモントン療法では、心の平安を保って一日一日を只管(ひたすら)生きることを大事にする。サイモントンが1974年から1981年まで行った癌患者の生存期間やQOL(生活の質)に与えた影響について述べれば、癌患者(平均余命12カ月と診断)159名にサイモントン療法を実施し、サイモントン療法を施した63名の平均余命は24・4カ月であったのに対して、受けなかった96名の平均余命は12カ月であった(参照・『がんが自然に消えていくセルフケア』野本篤志著)。
さて、「サイモントン療法」の治療法の要点について述べてみたいと思う。
――癌だけでなく、癌患者の人間的(全人的)治療を目的とする/癌患者の病める心をケアする/癌患者に生きる価値や意味について想起させる/自分で自分の病気(癌)を治すという自覚/身体に対する精神的・心理的な感化力を信じる/リラクゼーションや瞑想法を活用する(参照・『サイモントン方式・もう一つのガン療法』近藤裕著)――
これまでのことを要約すれば、癌の治療には、癌患者の人間的治療が不可欠であり、自分が主体的に治療に参加し癒されるのではなく、自ら癒すことにこそ治療の原則があるということである。
つまり、患者を全人的に治療することこそが「癒し」なのではなかろうか。
そして大事なことは〝病いとともに生きる〟こと、即ち「従病(しょうびょう)」として強(したたか)に生きることではないかと思う。ギリシャ医学の最高峰・ヒポクラテスはこう語っている。
〝病を癒すのは自然治癒力を助長することである〟と。
(ねもと・かずお)