衝撃的なパリ同時テロ事件

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき通信手段駆使するIS

対策が追いつかぬ治安機関

 パリでの同時多発テロは、2001年にアメリカで起きた9・11同時多発テロと同じ深い衝撃と恐怖をもたらした。今年初めに同じくパリで起きた雑誌社シャルリエブドでの銃撃のように、特定の人々を標的にしたわけでもない。あらゆる年齢、宗教、国籍の人々が集まるサッカー場、コンサートホール、そしてレストランを狙い、無差別に、ひたすら多くの人を殺害し、恐怖をもたらすことが目的と思われる。

 そして、さらにこの種の事件の恐ろしさを増しているのは、いつこのような攻撃が起きてもおかしくない、中でもフランスで起こる可能性が高いと思われ、保安機関が多くの過激派を監視していたにもかかわらず、テロが起きるまでタイミングも、実行犯たちの居場所も分からなかったことである。

 フランスは歴史的理由から多くのイスラム系移民を抱え、約2000人のフランス人がシリアやイラクの過激派ネットワークにかかわり、さらに4000人近くが過激化している恐れがあるとみなされている。しかし、この人々を監視しているのはわずか3200人の保安関連職員である。専門家によれば、1人の過激派あるいはその可能性のある人物を24時間監視するには25人を登用する必要がある。2000人を追うには5万人、さらに4000人を追うには10万人を要する計算となる。ブラッセルにテロリストの巣窟があることが明らかになったが、治安当局は同じような理由でこれまで有効な取り締まり手段が取れなかった。

 欧州連合(EU)の一部とノルウェーなど計26カ国が結んでいるシェンゲン協定が事情をさらに複雑にしている。シェンゲン加盟国に一度入国すれば、シェンゲン領域を自由に移動できる。殺害されたパリのテロの首謀者とされるアブデルアミド・アバウードはベルギー国籍、シリアで活動していたが、何度でも自由にEUを出入りできることを誇っていた。パリの事件当時シリアにいるとされたアバウードだが、フランスおよびEU内の保安機関に全く探知されることなくパリにいた。

 パリのテロは、ホームグローンテロ(その国で生まれ過激化した人が「母国」で起こすテロ)が本格化したこと、そして「イスラム国」(IS)を甘く見ていたことも実証された。ISは、アルカイーダとは違い、いわゆるイスラム帝国樹立に専念し、その域外の敵に対し大規模攻撃をかけるとは思われていなかった。しかし、エジプトでのロシア機爆破、レバノンでの襲撃、そしてパリでのテロは、いわゆるIS域外で無差別殺戮に及ぶことも目標であるだけでなく、成功させるだけの人材やハイテク技術、そしてネットワークを有していることが証明された。

 何といっても政府や諜報関係者を驚愕させているのが、彼らの交信能力である。かかわったテロリストは今のところ9名、三つのグループに分かれてテロを実行したとされている。見事と言わざるを得ない連携、シリアのISを拠点に多国籍の犯人がいくつもの国にまたがり動き回り、連絡を取り合い、テロを実施したにもかかわらず、何か大きなことが起こるという漠然とした雰囲気以外、フランスばかりかEU内の保安機関がそれを探知できなかった。

 スマートフォンでの通話やインターネット上の交信は各国の諜報機関が傍受している。これまでに英国やフランスでも何度かテロを未然に防ぐことに貢献している。しかし、今回は具体的な計画が把握できる交信は全く傍受できず、原因はISがここ数カ月でデジタル通信管制の覆いをさらに厳しくしたからとされている。

 ISは一般のソーシャルメディアの使用は禁じ、高度に暗号化された解読されにくいウェブアプリケーション(匿名で写真と文を共有できるJustPaste.it、Pastebin、Telegraphなど)を選んでいる。こうしたサイトは、使用した一定時間、例えば通信した5秒後には記録を一切消去する技術もついている。こうした最新技術を活用したメッセージは、アラビア語、英語、フランス語、ドイツ語とさまざまな言語で行われ、その数は1日9万以上とされる。ソニーのプレイステーション4をはじめオンラインゲームに付属しているチャット機能も利用されている模様であり監視はさらに困難である。

 この状況で、欧米諸国の治安機関が後手後手に回るのは不思議ではないし、各国が独自に戦うこともできない。死を称えるハイテクテロリストと戦うには、先進民主主義国が団結し、諜報を共有するばかりでなく、昨今のテロの武器となっている銃の売買管理を厳しくし、欧州内で社会・経済的に取り残されたムスリムに機会を与える、そしてISの収入源を絶つことも必要である。

 ISに狙われている周辺のイスラム教国による地上軍派遣と合わせ、反アサド軍への空爆が功を奏していないロシアも取り込み、特にトルコとの国境沿いを中心に米仏と連合国がISへの空爆を連携する必要がある。しかし何よりも大きな挑戦は、多地域と国家による政治、経済、軍事作戦を執行できる指導者がいるかである。

(かせ・みき)