遠のく邦人拉致問題の解決

宮塚 利雄

山梨学院大学教授 宮塚 利雄

用意周到だった北朝鮮

国防委、「超強硬対応戦」言明

 今年もあと1カ月となった。年初から予期せぬ天変地異に見舞われ、国民生活に少なからずの不安を与えてきた。一方、海外との関係に目をやると、近隣諸国、とくに中国や朝鮮半島の二つの国との関係は決してよい状況とは言えない。その中でも北朝鮮との関係については異常としか言わざるを得ない状況にある。

 小欄では連続して「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」について述べてきた。それは拉致問題の解決を切望する日本国民の永年の願望を実現してもらうべく「拉致問題の解決に向けて北朝鮮側の対応の変化と、それに対する日本政府の期待」について述べたものであった。しかし、年初来の北朝鮮との協議で「拉致問題は今年こそは解決できるのでは」という期待は、どうやら期待外れに終わりそうである。それどころか、北朝鮮政府の今の状況をみると拉致問題の解決に努力しているようには見えないのである。

 そもそも事の始まりは、5月のストックホルムでの日朝の外務省局長クラスの協議における合意事項にあった。合意事項が発表された時、その内容を見て「おや、おかしい」と思った筋は少なくなかったはずである。日本が10年以上にわたり求めてきたのは「まず、政府が認定した12人の拉致被害者の安否確認」であった。

 しかし、合意文書には、このほかに北朝鮮に拉致された可能性のある人たち(いわゆる特定失踪者。数百人)や、日本から在日朝鮮人の夫と北朝鮮に渡った日本人妻、それに終戦後も北朝鮮に残留した(せざるを得なかった)人たちの消息と墓地・遺骨問題など、四つの委員会を設けて調査をしていくというのであった。しかも、この特別調査委員会には国防委員会の最高幹部の一人が委員長に就任し、早ければ夏の終わりから秋の初め頃までには第1回目の発表ができるのでは、ということまで明らかにされた。これに対し日本政府は「今度こそ北朝鮮は本気である」と判断し、日本が独自に行っていた北朝鮮に対する経済制裁の一部を解除した。

 しかし、夏が終わり秋になっても北朝鮮からは一日(いちじつ)千秋の想いで待っていた「第1回目の報告」は来なかった。約束違反ではないかと日本国民は失望し、政府に焦りが出てきた。しかし、これに対し北朝鮮側は「そんな約束はしていない」と言い、「調査の今後の進捗(しんちょく)状況は日本側の態度如何にかかっている」と圧力をかけてきた。

 そしてついには、「そんなに我々を信用できないのなら、平壌に来て直接特別調査委員会の責任者に質(ただ)せばいいじゃないか」と、まるで他人事のような対応の仕方であった。例えれば、「泥棒が物を盗まれた人に、盗まれたものが俺のところにまだあるかどうか知りたければ見に来ればいいじゃないか。ただし、まだあるかないかは知らないが」と言わんばかりであった。これでは話にならない。しかし、これは北朝鮮側の策略であった。焦る日本政府の足元を見透かしての「誘い水」であった。

 拉致問題を解決させるためには、日本政府の強い立場を見せるためにも、「行かないリスク」よりも「行くリスク」のほうが少ないと日本政府が判断することを北朝鮮側は読んでいた。国内には「行かない方がいい。行ってもたいした成果はない」という意見があったのにもかかわらず、「平壌詣で」をした。案の定、北朝鮮側は用意周到というべきか、人を馬鹿にしたとでも言うべき対応で応えた。

 日本側のはやる質問に、北朝鮮側は「前回の調査は焦っていたこともあって、ずさんな調査だった」「今度は拉致に関わった特殊機関も調査するので待って欲しい」と弁明した。しかも、前例がないという特別調査委員会の少将の軍服を着た委員長を登場させ、どう見ても急ごしらえとしか思えないような委員会の建物までも紹介した。この対応に日本側は「なすすべもなく」帰国せざるを得なかった。

 今度こそは、と代表団に期待していた国民は「拉致問題の解決に虚脱感を抱くようになった」。関係者は「政府は断固たる、毅然(きぜん)たる態度で臨むように」と最後の望みを託しているが、肝心の北朝鮮の状況は日本側にはよい方向には向いてない。

 それは国連総会第3委員会で北朝鮮の人権状況に関する決議が採択されたことに反発し、北朝鮮の国防委員会が11月23日に、「未曽有の超強硬対応戦に入る」との声明を発表したことを、朝鮮中央通信が伝えたことに表れている。「超強硬対応戦」の具体的な内容は明らかではないが、「第一の対象は米国」であり、「日本も決して逃れられない対象である」と言明している。

 日本政府は国防委員会を拉致問題の解決の切り札と考えていた。その国防委員会が日本を名指しで「非常事態も辞さない」と言ってきたのである。その日本が「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と銘打って、「対北朝鮮ラジオ放送シンポジウム―北朝鮮の人権問題・拉致問題とラジオ放送の役割―」というシンポジウムを開催するという。北朝鮮をいたずらに刺激することはしないと常日頃から心がけていた日本政府の対北朝鮮政策に、北朝鮮はどう出てくるだろうか。

(みやつか・としお)