中国利するウクライナ情勢

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

流出する最新軍事技術

空母、ステルス機に転用も

 今回は、膨張著しい中国軍事力と、ウクライナの情勢について所見を披露してみたい。まず中国海軍であるが、世界が注目する最大課題は国産空母の建設である。中国が保有する空母「遼寧」は、周知の如くウクライナから巧妙な手口で購入した旧ソ連空母「ワリャーグ」を復旧・改造したものだ。

 ソ連崩壊時ワリャーグは、船体100%、動力80%、装備20%の完成度であったとされる。保有権を有するウクライナは、空母として搭載機を含んで完成させ、輸出する努力を中国、インド、ブラジルなどにしたが、あまりの高額で成功しなかった。結局、スクラップとして海上博物館用名目で中国に売却した。中国はキエフ、ミンスク両空母をスクラップとして購入、海上博物館としている実績があり、同様の経緯と見られた。

 ところが、軍事転用は行わないとして輸入契約した中国会社は、船体の中国到着とともに消滅。大連港に係留されたワリャーグは、後述するウクライナからの入手資料など7年にわたる検討の結果、2005年に復元が始まり、7年をかけて実働空母として再生して12年に海軍に引き渡された。

 当初から「訓練用空母」と発表されているとおり、中国が行った補助構造、搭載機(J15)、動力装置、カタパルト、制動装置の問題は基本的に解決されておらず、限定的運用に留まり、本格的空母は昨年末「鋼板切断式」を行った国産空母開発の帰趨(きすう)に懸かっていると言える。空母に限らず開発中のステルス戦闘機に必要な大出力エンジン、原子力潜水艦に必要な「音響戦技術」をはじめ軍拡に必要な最新技術の導入に大きな努力を注いでいる。技術の提供国はロシアであり、ウクライナだった。

 他方、ウクライナは古くから穀倉地帯として名を馳(は)せてきたが、旧ソ連邦時代から、造船、航空機、ミサイル等戦略を支える軍事産業の大きな部分を受け持ってきた。特に造船は軍港セバストーポリを中心に独特の高い生産力を持ち、空母に関してはソ連軍の殆どを生産してきた。ソ連の空母が、欧米と異なり、飛行甲板が船長より短い構造となっているのは、セバストーポリで建造した艦が、黒海からボスポラス・ダーダネルス両海峡を通過し、地中海に出るにあたり、モントルー条約により空母の通過が認められないため、飛行甲板の短い「重航空巡洋艦」として登録しているからだ。如何にウクライナの造船能力が重要であったかを物語っている。

 ウクライナは造船のほか、大型航空機で有名なアントノフ設計局と製造能力、SS18に代表されるロシア弾道ミサイル、宇宙ロケットなど現在のロシア戦略態勢に欠かせない部分を保有しているのである。ソ連崩壊後、ウクライナの持つ高い軍事技術は各国の標的となり、大量の技術者が米露中印へ流出したと言われている。

 また、ウクライナ国内に残る技術資料への合法・非合法のアクセスが盛んに行われ、一部は我が国テレビ番組でも紹介された。ウクライナは我が国のような島国と異なり平原国で、歴史上さまざまな争いの洗礼を経験し現在に至るが、基本的には西部はウクライナ人による所謂(いわゆる)「穀倉地帯」、東部南部はロシア人が混在する工業地帯である。今般の混乱は基本的に親欧の西部と親露の東部・南部との争いでもある。

 ソ連邦崩壊以降この二大勢力は接戦を繰り返し、選挙の度に暴動を起こした。今年になってからの騒動は、親露派政権に対するデモ・暴動が拡大、欧米の親欧派へのテコ入れもあり、大統領・政府は東部地区に「疎開」、代わって親欧派が政権を樹立する事態に至った。これに対しロシア軍が東部地区に進駐、あるいはクリミア州が自主投票により独立・ロシア編入を決議、最大の工業都市ドネツクほかの東部各地で独立投票を行うなど混乱の極みに達した。特にマレーシア航空機撃墜事件が生起、ロシアは苦境に立たされる。以降、停戦調整等により混乱の程度は抑えられているものの、今後の推移は不透明である。

 このような情勢の中で、中国の軍事技術導入という観点からみると、中国は実に巧妙に立ち回ったといえる。ロシアのウクライナ国内での軍事行動に関連し、欧米が制裁行為を行う中、中国はロシア寄りの行動に終始した。これにより、見返りとして喉から手の出るほど欲しかった大出力エンジンをはじめ、最新軍事技術の導入に道が開かれたとする見方、及び東ウクライナ工業地帯の親露的独立の動きから、必要な技術源は親欧政府を通り越して一層入手しやすくなったとする見方などがある。

 いずれにせよウクライナは、財政破綻の状況に加え、エネルギーを国際価格の半額と言われる安価でロシアからの天然ガスに頼っている状況から、軍事産業に関しては、ロシアとの協力を維持せざるを得ないし、ロシアとしても戦略態勢維持のため、ウクライナの軍事工業力は手放すわけにはいかないのである。

 これら諸状況を見ながら、中国の技術導入政策は当分続くと考えられ、その成果は今後、国産空母、国産ステルス機といったプロジェクトの進捗(しんちょく)のなかで現出してくることが容易に推察できる。我が国民は、ウクライナ情勢について関心が低いところがあるが、中国軍事力と密接に関連することを承知し、事態を見守る必要がある。

(すぎやま・しげる)