甘いバチカンの対中政策 司教任命めぐる暫定合意、延長へ

習体制下で進む「宗教の中国化」

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁は、中国共産党政権と司教任命権問題で2018年9月22日、北京で暫定合意したが、フランシスコ教皇は合意期限が失効する今月22日を前に、同合意を延長の意向だ。欧米諸国では中国の人権蹂躙(じゅうりん)、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを懸念する声が聞かれる。
(ウィーン・小川 敏)

手を振るフランシスコ・ローマ教皇=7月5日、バチカン市(AFP時事)

手を振るフランシスコ・ローマ教皇=7月5日、バチカン市(AFP時事)

 バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意したことから、両国は国交樹立へ大きく前進したと受け取られてきた。

 バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出したのは当然だろう。

 それでは、なぜバチカンは中国側の要求を受け入れたか。中国では愛国協会に所属しない地下教会が存在するが、公式と非公式を合わせると数千万人の信者がいると推定されている。バチカンが中国と外交関係を締結して中国への宣教の道が開かれれば、多くの信者が教会に足を向けるだろうとバチカンが考えても不思議ではない。人口大国の中国市場を目指す欧米企業と同様、バチカンも中国の潜在的な巨大な宣教市場を無視できないだろう。

 バチカンはナチス・ドイツが台頭した時、ナチス政権の正体を見誤ったが、ウラジミール・レーニンが主導したロシア革命(1917年)が起きた時、その無神論的世界観にもかかわらず、バチカンでは共感する声が聞かれた。聖職者の中にはロシア革命に“神の手”を感じ、それを支援するという動きも見られた。バチカンはレーニンのロシア革命を一時的とはいえ「神の地上天国建設」の槌音(つちおと)と受け止めたのだ。

 しかし、時間の経過とともに、ロシア革命が理想社会の建設運動ではなく、多くの政敵を粛正し、一部の革命勢力だけが特権を享受する暴力革命であることが明らかになった。バチカンは時代の動きを読み違えていたわけだ。

 バチカンは当時、1861年に建国されたイタリア王国との関係で苦慮していた。ピウス11世時代の1929年になってイタリアとバチカンの間でラテラノ条約が締結されたが、それまでバチカンは政治的には混沌(こんとん)とし、無力な立場だった。

 第1次世界大戦後、ロシア帝国ばかりか、ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン帝国といった大国は次々と姿を消し、米国、英国が影響力を広げていった。バチカンは世界の激変の中、どのような役割を果たすべきか迷っていたこともあって、レーニンのロシア革命に未来を託し、ナチス・ドイツ政権の野望に気が付かなかったのだ。

 キリスト教の神学とマルクス・レーニン主義の思想構造は酷似している。共産主義世界観はキリスト教世界観を土台として構築されていったとよく言われる。キリスト教ではイエスがメシアであり、人類の救世主、信者は選民だ。

 一方、共産世界では共産党が指導し、労働者が「選民」で革命を通じて公平で平等の無階級社会を築くと主張する。ヘーゲルの弁証法を無神論唯物社会の建設に利用した思想体系だ。

 2012年に権力の座に就いた習近平国家主席は「宗教の中国化推進5カ年計画」(18~22年)を実施してきた。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)が狙いだ。新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている。フランシスコ教皇は中国共産党政権の正体を見誤ってはならない。