仏、外国人観光客目標1億人先送り

ポンド下落や新型肺炎懸念

 世界一の外国人観光客数を誇る観光大国フランスは今年、外来客数1億人達成を目指していたが、政府は2年先送りにすることを決めた。主な理由は黄色いベスト運動と英国の欧州連合(EU)離脱によるポンド下落だったが、今年に入り、中国・武漢に始まった新型肺炎拡散による中国人観光客激減も響いている。
(パリ・安倍雅信)

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昨年3月16日、パリで黄色いベストを着て凱旋門近くに集まるデモ参加者ら(AFP時事)

 フランス政府は2020年度予算案に関して昨年10月、政府が14年に掲げた20年の外国人旅行者1億人の目標達成が困難と判断し、22年に延期した。世界観光機関(UNWTO)の統計によれば、フランスは長年、世界最大の外国人観光客受入れ国で、18年には8940万人、19年には9000万人(暫定数)を超えた。

 フランスはこの10年、さまざまな困難が観光業を襲った。08年の世界金融危機で翌年は観光業も打撃を受け、政府が1億人目標を掲げた14年の翌年1月には、パリの風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部襲撃事件、11月には130人以上の死者を出すパリ同時多発テロが発生した。さらに翌16年にはフランス南部最大の観光地、ニースでトラックが歩道に突っ込むテロが発生した。

 経済危機やテロなど度重なる危機にもかかわらず、16年は8270万人と前年の8452万人を2%下回ったものの、17年には8690万人に増加し、18年は9000万に迫る勢いだった。19年も増加し、9000万人を突破したが、仏経済・財務省予算局は19年当初の予測9400万人は下回ったとして、1億人目標を2年延期することを決めた。

 予想を下回った理由の一つは明白で18年11月以降、マクロン政権への抗議の黄色いベスト運動が1年以上続いたことだった。特に毎週末のデモ行進はたびたび暴徒化し、パリの観光スポットのシャンゼリゼ通りなどが封鎖され、レストランや店舗が放火、略奪されるなどして観光に深刻な悪影響を及ぼした。

 加えて昨年12月からは政府の年金制度改革に反対する交通機関を中心としたストライキが多発し、ごみ処理も滞り、観光地の道路際にごみが山積みされ、異臭を放つ事態に陥っている。さらにブレグジットが決まったことで、フランスにとって2番目に多い英国人観光客はポンド安で減少が止まらない。

 そこに今年1月、フランス西部フィニステール県の同国最大規模の軍港のあるブレスト市でテロを準備していた容疑者ら7人が身柄を拘束され、大規模なテロ計画が表面化した。拘束された16歳から38歳までの男性らは、ブレスト市の軍港で開催される新年の集会を標的としたテロを計画していた。

 15年以降、非常事態宣言を敷くなどして大規模なテロは回避してきたフランスだが、昨年10月にはパリ警視庁本部の建物内の情報部門で働く職員が同僚の警察官らにナイフで切り付け、4人を殺害するテロ事件が起きた。警察や諜報期間内でさえ、イスラム聖戦主義がはびこり、テロの脅威は完全に抑えられていない実態が明らかになった。

 さらに、中国・武漢から始まった新型肺炎コロナウイルス(COVID-19)により、アジアから最もフランスに訪れている中国人観光客が激減し、高級ホテル関係者の話では1月のキャンセル率は80%に上り、収益では30%以上失ったとしている。

 昨年は240万人に上る中国人観光客が訪れたフランスだが、今年は減少する可能性が指摘されている。欧州旅行委員会(ETC)によれば、ヨーロッパを観光で訪れる中国人の70%がフランスを訪問先にしており、ドイツの37%、イタリアの30%、英国の22%に比べ、圧倒的人気で中国人旅行者の減少は観光収入への大打撃となる。

 フランスにはユネスコの世界文化遺産、世界自然遺産、世界複合遺産を含めた合計45の世界遺産があり、10年にはフランス料理がユネスコの無形文化遺産に登録され、その数は世界第5位(日本は12位)で、加えてワイン、モード、香水など豊かな観光資源が存在する。さらにはルーヴル美術館などに豊富な美術品を抱えている。

 一方、日本とは違い、ホスピタリティーは世界最悪(世界最大のオンライン旅行サイト、エクスペディアのアンケート結果)ともいわれ、この10年改善に取り組んできた。現在は情報提供のボランティアの若者が紫色のベストを着用し、観光客のケアに当たっており、200万ユーロを投じて14カ国語に対応する公式観光ウェブサイトを運営している。

 フランスは2024年にパリ五輪を控えており、何としても22年までには外国人旅行者数1億人突破を達成したいところだ。世界的な新型ウイルスショックを乗り越え、観光産業を盛り上げていくのが今年最大の課題になりそうだ。