トランプ流ディール、レーガンの教え生かされず
米朝“宴の後”で 非核化・拉致問題の行方 (1)
史上初の米朝首脳会談という全世界の注目を集めた“宴”が幕を閉じた。会談の内容や成果を総括しながら、非核化と日本人拉致問題の行方を探る。
「自分は何のためにここに来たのか」。米朝首脳会談の会場となったシンガポールのセントーサ島で取材を続けていたある韓国人記者は、肩を落とした。
トランプ米大統領が「世界にとって最高の取引を成し遂げるかもしれない」と豪語したため、その歴史的瞬間を逃してはならないと、各国の報道機関は看板キャスターやエース記者をシンガポールに投入して万全の報道態勢を敷いた。
ところが、発表された共同声明は、「完全、検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」の文言もなければ、非核化に向けた具体的記述もない、実質的中身の乏しい内容。金正恩朝鮮労働党委員長との友好ムード演出を狙った派手な「トランプ劇場」の色彩が濃く、各国の報道関係者は脱力感に覆われた。
米保守派はトランプ氏に対し、中途半端な合意で妥協するくらいなら、レーガン元大統領のように交渉を決裂させる勇気を持つべきだと主張していた。1986年に物別れに終わったソ連・ゴルバチョフ書記長とのレイキャビク会談は「政治エリートらからは嘲笑されたが、5年後のソ連崩壊に極めて重要な役割を果たした」(マーク・ティーセン・アメリカン・エンタープライズ政策研究所研究員)からだ。
トランプ氏も会談前は「成果のない会談なら、その場を去る」と述べていた。だが、実際の会談は、冒頭の握手から共同声明の署名まで台本通りに進行し、トランプ氏に「政治ショー」を途中で中止する選択肢はなかったようだ。
今回の会談で最も不可解なのは、金正恩氏が非核化に真剣かどうか具体的な確証がない段階で、トランプ氏が正恩氏を全面的に信頼したことだ。これについてトランプ氏は、会談後の記者会見で「私の直感で北朝鮮が取引したがっていることが分かる」と述べた。具体的な証拠ではなく、直感で判断したというのだ。
これに対し、レーガン氏は、ソ連との核軍縮で「信頼せよ、されど検証せよ」と強調し、決して警戒を怠らなかった。「私には検証する必要がない」と言い切り、速やかに非核化作業が始まると信じて疑わないトランプ氏の姿勢には、危うさが残る。
トランプ氏は昨年11月、韓国国会で行った演説で「北朝鮮は地獄だ」と、約10万人が強制収容所に入れられていることなどを批判。今年1月の一般教書演説でも、北朝鮮で拘束され、帰国後に死亡した米大学生オットー・ワームビアさんの家族と韓国に住む脱北者を招待し、北朝鮮の残虐な政治体制を断罪した。それだけに、トランプ氏が手のひらを返したように正恩氏を歓待し、「極めて有能」などと持ち上げたことは大きな違和感を与えた。
これについて、米保守系誌ナショナル・レビュー(電子版)は、正恩氏を称賛するのは「不要」とした上で、「レーガン氏はソ連の指導者と会った時でさえ、ソ連の圧政について語るのを止(や)めなかった」と論じた。
共同声明やトランプ氏の発言を見る限り、北朝鮮非核化の行方には不透明感が漂う。水面下で非核化に関して何らかの具体的な取り決めがあるのかどうか、今後の展開を注視していくしかない。
(シンガポール・早川俊行)





