意気揚々の金正恩氏、「核全廃せず経済再建」に道

米朝“宴の後”で 非核化・拉致問題の行方 (4)

 米朝首脳会談を終え、北朝鮮に帰国した金正恩朝鮮労働党委員長は今どんな思いを抱いているだろうか。北朝鮮の核問題を長く担当した元韓国政府高官は16日、「核を全て廃棄しなくても望むものを得られそうだという希望を抱き、意気揚々としているはず」と指摘した。

 事実、会談はトランプ氏自身が開催に前のめりだったことで、北朝鮮には好都合な展開となった。最大の焦点だった、北朝鮮が保有する核の「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」は合意文からV(検証可能)とI(不可逆的)が抜け落ちた。

 対北融和派で知られる韓国・文在寅政権のブレーンの一人、文正仁・大統領外交安保特別補佐官は15日にソウル外国特派員協会で会見し「CVIDを合意文に入れることは北朝鮮にとって一方的な降伏を意味する。それをあえて入れる必要があるだろうか」と北朝鮮の立場を代弁した。

 超大国、米国相手にひるむことなく振る舞い、ほとんど自分は譲歩しないで体制保証など欲しかったものに関する内容をトランプ氏に約束させた。一時は「戦争の危機」まで取り沙汰された米朝関係だったが、金正恩氏はトランプ氏と差しの交渉をしてみると「予想以上に“料理”しやすい相手」と感じたのではないか。

 本来、会談は米国が北朝鮮に直接非核化を迫る大きなヤマ場となるべきだったが、北朝鮮の思惑通り最初のボタンが掛け間違えられた印象を与えている。

 北朝鮮消息筋などによれば、金正恩氏は昨年、大きな戦略的方針転換に踏み切ったとみられている。それは「水爆」と称するまでに至る爆発威力の核実験、米本土を射程に置く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射など米国を揺さぶる軍事力を手にしたため、今後は米国との直接交渉を経て国内経済再建に道筋をつける経済路線へ舵(かじ)を切ろうというものだ。国際社会の対北制裁により国内経済が行き詰まる前に行動に出ると決断したようだ。

 もちろん北朝鮮が非核化の具体策で誠意を見せなければ米国は北朝鮮が望む制裁解除や体制保証に向けた措置など見返りには応じないまでだ。このため間もなく行われる見通しの米朝高位級会談で北朝鮮側は非核化で一定の措置を講じなければならない立場だ。

 ただ、それも一括廃棄ではなく、段階的なものであり、見返りを与える米国との間で同時に行動するという約束も今のムードでは米国の譲歩が先行しそうだ。

 交渉は難航・長期化する可能性が高いが、それも北朝鮮は計算済みだろう。

 「トランプ氏が朝鮮戦争終結や米朝関係改善などで歴史に名を残したいという功名心、11月中間選挙での勝利と自身の再選へ向けた戦略的計算を優先させる限り、米朝対話のモメンタムは変わらない」

 ある韓国政府系シンクタンク関係者はこう述べた。北朝鮮ペースは今後しばらく続く可能性が高い。

 サッカーW杯ロシア大会の開会式に合わせて訪露した北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長がプーチン大統領と会談した翌日の15日、ロシア政府は各国が独自に科す対北制裁は解除されるべきだと主張した。

 対北朝鮮で連携してきたはずの米国、韓国が北朝鮮との対話モードに突入し、最大限の圧力をかけ続けられるか不透明になった。あっと言う間に日本だけが孤立する状況に追い込まれつつある。金正恩氏の高笑いが聞こえてきそうだ。

(ソウル・上田勇実)

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