日朝対話路線へ転換、拙速は足を掬われる恐れ
「米朝の首脳会談を機会として捉え、後はまさに日本の問題として北朝鮮と直接向き合い、この問題を解決していく決意だ」
12日の首脳会談でトランプ大統領が金正恩労働党委員長に日本人拉致問題を提起したことを受けて、安倍晋三首相は14日、首相官邸に被害者家族などを招き、北朝鮮と直接交渉に乗り出す意向を表明した。
トランプ大統領から電話で説明を受けた首相の周辺から、金委員長が「拉致問題は解決済み」とする従来の立場に言及せず、首相との対話に前向きな姿勢を示したことが伝えられ、政府も水面下で首相の8月平壌訪問や、金委員長の出席が取り沙汰される9月の国連総会やウラジオストクでの東方経済フォーラムを利用するなど日朝首脳会談の開催を検討しているという。
ただ現時点では、これらの日程はいずれも首相が3選を目指す9月の自民党総裁選挙をにらんだ期待交じりの観測にすぎない。政府が政局絡みで拙速な外交に走れば、度重なる“瀬戸際外交”で鍛えられた北朝鮮に足を掬(すく)われて不利な条件をのまされたり、かえって解決が遠のきかねない。
政府は2002年9月の日朝平壌宣言に従い、核、ミサイル、拉致問題などを包括的に解決して国交を正常化し、その後に経済支援を行う方針だ。これまで北朝鮮の核・ミサイル開発が拉致問題の行く手も阻んでいたが、アメリカが北朝鮮の非核化に乗り出すことで、拉致問題解決のチャンスが訪れたのは事実だが、最大限の圧力路線を国交正常化を視野に入れた対話路線に転換する根拠は何なのか。
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ米政権にとって、その地位を脅かす潜在力と意図を持つ中国は必然的に牽制(けんせい)の対象になる。
同じく核爆弾で首都ワシントンまで攻撃できる力の開発に血眼になっていた北朝鮮も当然、制圧の対象だった。しかし今回、大統領は朝鮮半島の完全な非核化を約束した金委員長に対し、北朝鮮の安全を保証し、条件付きで米韓合同軍事演習の中止にまで言及した。対北政策を「非核化を前提にした対話」路線に転換したわけだ。それは、現時点で北朝鮮の目指すところは米国に脅威を与えないと判断したことを意味する。
北朝鮮は今年4月20日の朝鮮労働党中央委員会総会で、2013年3月の中央委総会で決定した「経済建設と核武力建設の併進」から「社会主義経済建設への総力集中」へ戦略的路線を転換した。これは昨年末に「核武力の兵器化が確実に実現された」ためで、核・ミサイル実験の中止や実験場の廃棄、今年1月からの韓国や中国、米国に対する積極的な対話攻勢を戦略的路線の転換として公式化したわけだ。
ただ、非核化関連では「核実験の全面中止に合流する」とだけ表明。金委員長が今回認めたのも「朝鮮半島の完全な非核化」であり、首脳会談でも「段階別・同時行動原則」の順守を訴えており、今後の米国との非核化交渉が順調に進む保証はない。ポンペオ国務長官は非核化をトランプ氏の任期末となる21年1月までに済ませる意向を表明したが、米国の対話路線がいつまで続くかも不透明だ。
日本は、そんな不安定な土台の上で、国交正常化交渉を進めることになる。唯一のカードの経済支援も、中国の経済力が日本を上回り、北朝鮮も核兵器を完成した現在、その威力は02年より低下している。
万一、「バスに乗り遅れるな」式での路線転換ならそれは危うい。中国や韓国を睨(にら)んで北朝鮮と将来どのような関係を作るのか、明確なビジョンと具体的な政策を持って対話に臨むべきだ。政権の最重要課題である拉致問題への取り組みは、安倍内閣の真の外交力が試される。
(政治部・武田滋樹)