米大統領選挙、共和党カーソン氏急浮上の背景
米共和党の大統領候補指名争いは、奔放な発言を繰り返す不動産王ドナルド・トランプ氏に注目が集中しているが、その陰で急浮上してきたのが、黒人の元神経外科医ベン・カーソン氏(64)だ。政治家経験がない点はトランプ氏と共通だが、ソフトな語り口と厚い信仰心は対照的。貧困家庭に育ちながら努力によって世界的名医となった経歴も有権者を惹(ひ)き付けている。(ワシントン・早川俊行、写真も)
ソフトな口調と厚い信仰心 貧困乗り越え世界的名医に
政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した各種世論調査の支持率平均値によると、カーソン氏は現在18・8%で、先頭を走るトランプ氏(28・5%)に次ぐ2位に浮上。特に、最初の党員集会が行われるアイオワ州と、同州に続いて予備選が行われるニューハンプシャー州で、トランプ氏との差を急速に縮めている。
カーソン氏は頭部が結合したシャム双生児の分離手術を世界で初めて成功させた「神の手」を持つ名医として知られるが、政治家経験はない。そんな同氏が政治分野でも注目を集めるきっかけとなったのは、2013年2月の「全米祈祷朝食会」での演説だ。オバマ大統領夫妻が出席する中、教育や税制、医療制度などについて自らの保守哲学を披露。大統領批判を本人の目の前で繰り広げたと受け止められ、草の根保守層の間で大統領選出馬待望論が急速に広がった。
母子家庭で育ったカーソン氏は、デトロイトのスラム街で極度の貧困に苦しむ一方、学校ではクラスメートにばかにされるほどの落ちこぼれだった。また、地域の治安の悪さから、路上で誰かに殺されるのが自分の運命だと思っていたという。希望の見えない状況の中で、カーソン氏の人生を変えたのが母親だった。
母親はほとんど字が読めなかったが、子供には本を読むことを勧めた。カーソン氏は読書を通じて学問に興味を持ち、最下位だった成績はトップに。息子の可能性を信じた母親の励ましで逆境を乗り越え、医師になる夢を実現させた。
「母は図書館のカードで路上で殺される運命から私を救い出してくれた」。カーソン氏はUSAトゥデー紙への寄稿で、母親への感謝の言葉を交えながら、教育の重要性を強調。教職員組合に支配される公教育は「銃弾」のように「黒人の生活を破壊している」と非難した。
カーソン氏が草の根保守層に支持されるもう一つの要素は、厚い信仰心だ。カーソン氏はかつて、すぐにカッとなるキレやすい少年で、14歳の時、口論になった友人をナイフで刺してしまった。ナイフは運良くベルトのバックルに当たり、相手に怪我(けが)はなかった。だが、人を殺そうとした自分が怖くなり、自宅トイレに閉じこもって神に祈り、聖書を読み続けた。3時間後にトイレから出ると、「別人にように短気な気性はなくなっていた。それ以来、問題を起こすことはなくなった」という。
神が自らを変えたように、米国を道徳・精神的退廃から救えるのは神だけだというのが、カーソン氏の信念だ。アイオワ州で先月行った演説では「この国には今、神の癒やしの手が必要であることを否定する人はいないと思う」と訴えた。カーソン氏はセブンスデー・アドベンチスト教会に所属している。
カーソン氏が浮上してきた大きな要因は、高い好感度だ。ソフトな口調と誠実な人柄はトランプ氏とは正反対で、「カーソン氏を嫌う人はほとんどいない」(世論調査専門家)と言われている。
ただ、16日に行われた討論会でのカーソン氏のパフォーマンスはやや物足りなかった。今後はメディアの注目や他候補からの追及が強まることが予想され、好感度だけでなく、政策論争でもアピールし、政治家経験がないことへの有権者の不安を払拭できるかどうかがカギになる。