ウクライナ揺さぶるロシア
親露独立派住民に露国籍付与
ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州で親露派が実効支配し独立を主張している「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の住民に対し、ロシア国籍取得手続きを簡素化する大統領令に署名した。政治手腕が未知数のゼレンスキー次期大統領にロシアの存在感を見せつけ、その出方を見極める狙いがある。(モスクワ支局)
ゼレンスキー次期大統領を挑発
ウクライナで4月21日に行われた大統領選決選投票で、政治経験のないコメディアン出身のゼレンスキー氏が、72・22%の圧倒的な得票率で現職大統領のポロシェンコ氏を破り、当選した。
数々の汚職にまみれ、さらに、ナショナリズムに訴えロシアとの対決姿勢を示すだけで、国家・社会の混乱をどう解決するのか道筋を示すことができないポロシェンコ大統領を、多くの国民が見限った結果だった。
この大統領選結果を見届けたロシアのプーチン大統領は4月24日、ウクライナを挑発する大統領令に署名した。その内容は、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州の、親露独立派が実効支配する地域の住民に対し、ロシア国籍の取得手続きを簡素化するものだ。
ポロシェンコ大統領は、停戦合意協定であるミンスク合意への違反として、国連安保理事会の緊急会合を要請。フランスやドイツ、ポーランドなどがロシアを非難した。
一方、プーチン大統領は「人権を奪われた人々の状況を改善することが狙いだ」と述べ、事実上ウクライナ政府の支配が及んでいない地域の住民を助けることが目的だと説明した。
この大統領令にロシアの政界は沸き立った。アレクセイ・プシコフ上院議員は「キエフ(ウクライナ政府)の反ロシア政策に対する強力な打撃となるだろう」と発言。ドミトリー・ノヴィコフ下院議員は「ロシアとウクライナの両国民の分断に反対する人々の関係強化に役立つ」と歓迎した。
これに対しゼレンスキー次期大統領のブレーンらは「ロシアはこのようにして、占領国家としての責任を認めた。ゼレンスキー氏はドネツク、ルガンスク両州の人々を守り支援するため、できる限りのことを行う」との声明を出した。
一方、ゼレンスキー次期大統領は自身のフェイスブックへの投稿で、ロシアに怒りを表すだけでなく、皮肉ってみせた。
「ロシア国籍を欲しがるのは、カネを稼ぎたいか、もしくはウクライナの司法から逃れようとする人々だけだ」「ロシアのパスポートは、平和的な抗議行動により逮捕されたり、人権や自然権について忘れたり、自由で対立候補がいる選挙に参加できないなどの権利を与えるだろう」
その上で「ウクライナの住民は言論の自由や、独立したマスコミ、自由なインターネットを持っている。ウクライナへの亡命を望む、自由のために戦う準備のあるすべての人々を保護すると約束する」と結んだ。
クリミアでは、ロシアのパスポートを付与する条件としてウクライナのパスポートを回収したが、ドネツクとルガンスクでは、ウクライナのパスポートを保持したままロシアのパスポートを取得できる。
プーチン大統領は「ウクライナに住む人々全員が、簡素化された方法でロシア国籍を取得する権利がある」と述べたが、現段階では、ドネツク、ルガンスク両「人民共和国」のパスポートを既に所有している住民を対象としており、対象者は両「人民共和国」の住民の20%程度とみられる。
重要なポイントは、両「人民共和国」の住民がロシアのパスポートを取得しても、ロシアに定住し住民登録をしない限り、年金受給資格は得られないということだ。ロシア年金基金は、ドネツク、ルガンスク両「人民共和国」に引き続き居住する住民に対しては、ウクライナ政府が年金を支払う義務がある、としている。
このため、プーチン大統領が言う「人権を奪われた人々の状況の改善」は口実で、政治的駆け引きの側面がはるかに強い決定であることは疑いない。
ゼレンスキー氏は選挙期間中から、外交面での関心のほとんどを欧米に向けている。プーチン政権内で不満が高まっており、ゼレンスキー氏がロシアとの交渉のテーブルに着かざるを得ない状況をつくろうとしていると、ロシアの政治評論家らは見ている。
クリミアと違い、ドネツク、ルガンスク両「人民共和国」では、ロシア国籍付与の条件として、ウクライナ国籍の放棄を要求していない。ロシア国籍付与はウクライナとゼレンスキー次期大統領を挑発するものだ。