民族・国家のアイデンティティー構築を プーチン露大統領

バルダイ会議で演説

 ロシアのプーチン大統領は9月19日、ロシア専門家などを集めて毎年開催している「バルダイ会議」で演説し、「ロシアの民族・国家のアイデンティティー」を自ら規定する必要性があると語った。一方、今回のバルダイ会議に野党勢力の代表を招いたプーチン大統領は、「野党との対話」の必要性に改めて言及したが、その実現可能性は低いとの見方が一般的だ。
(モスクワ支局)

「リベラル派との対話」は困難か

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9月19日、ロシア北東部ノブゴロド州バルダイでの国際会議で、参加者と語るプーチン大統領(AFP=時事)

 モスクワとサンクトペテルブルクのほぼ中間地点、ノヴゴロド州にある美しい森林に囲まれたバルダイ湖畔で9月16日から19日までの5日間、内外のロシア研究者や専門家らが「現代世界にとってのロシアの多様性」をテーマに討議を行った。

 さまざまなスピーカーが登壇する中で、言うまでもなく最も注目を集めたのは最終日に駆け付けたプーチン大統領。そのスピーチで最も多くの時間を割いたのは「ロシアの民族・国家のアイデンティティー」についてだった。

 プーチン大統領はこれまでにも幾度となく、ロシアのアイデンティティーについて語ってきたが、今回の演説ではさらに踏み込み、ロシアの文化的、民族的アイデンティティーを構築しなければ、国内外からの挑発に打ち勝つことができないと危機感を露わにした。プーチン大統領は、ロシア社会で広く議論を巻き起こすと同時に、政府が中心となって新たなロシアのアイデンティティーを構築していく構えだ。

 一方、大統領の演説で裂かれた時間は短かったものの、最も聴衆の関心を集めたのは、野党勢力への対応についてだった。

 プーチン大統領は1期目、2期目の任期中に野党勢力の封じ込めを強化した。07年下院選でプーチン政権は、大政党に有利な完全比例代表制を導入し、さらに議席獲得に必要な得票率を5%から7%に変更。この結果巨大政権与党「統一ロシア」が圧勝する一方で、リベラル派野党勢力はすべての議席を失った。

 リベラル派は改革派とされたメドベージェフ政権に一縷の望みを託した。しかしメドベージェフ大統領とプーチン首相の間に当初から、プーチン氏の大統領返り咲きへの「密約」があったことが明らかになり、リベラル派の反発が広がった。同年12月の下院選不正疑惑を受けた野党勢力の抗議活動は「反プーチン運動」に姿を変え、モスクワなど主要都市で大規模な抗議集会を繰り返した経緯がある。

 プーチン大統領はバルダイ会議で、「普通の国家には政権とリベラル派の対話が必要である」として、歩み寄りとも取れる発言を行った。ただ、問題は、それが実現可能かどうか、ということだ。

 9月8日に行われたモスクワ市長選では、プーチン大統領の言う政府主導の「民族・国家のアイデンティティー」が一つのテーマとなったが、これに対するインテリ層やリベラル派の反発は強かった。大統領側近のソビャニン前市長が得票率51%で勝利を収めたが、プーチン政権批判で知られる著名ブロガー、ナヴァリヌィ氏も27%を得票した。注目されるのは、ナヴァリヌィ氏がインテリ層やリベラル派の完全な支持を集めたわけではなく、彼らの「反プーチン」の意思表示がナヴァリヌィ氏の得票となって表れたとみられることだ。

 プーチン政権は07年下院選以降、無党派層の投票が選挙を不成立にすることを懸念し「全員に反対」との投票行動を禁止した(「全員に反対」票が過半数を超えれば選挙が不成立となる規定があった)。小党が分立していたリベラル派野党の封じ込めを進める一方で、この封じ込めに反発する有権者が「全員に反対」に投票し、政権側の勝利を阻止することを懸念したためだ。

 これまでは、たとえ政権への反発があっても、反発を示すために支持しない候補者に投票することはまれとされていたが、今回のモスクワ市長選で、それが幻想だったと示された形となった。プーチン大統領に近いマトビエンコ上院議長は早速、「全員に反対」投票を復活させる提案を行うなど、政権の動揺がみられる。

 これら政権への根強い反発を持つインテリ層やリベラル派との対話を行うには、野党封じ込め政策を根本的に変更する必要がある。しかし、ロシアの景気が減速し支持率も低下するプーチン政権にとってそれは困難だ。プーチン大統領が「リベラル派との対話」を口にする一方で、現実にはこれまで通り、保守層を中心とした支持基盤に頼らざるを得ないとの分析が多い。