欧米の制裁解除に向けロシアが柔軟姿勢

報復制裁の声ひそまる

ウクライナへのガス価格交渉で取引か

 ウクライナ問題で欧米と対立し、経済制裁に対しても強気の姿勢を示していたロシアに変化がみられる。欧州連合(EU)が9月12日に発動した追加制裁に、当初は報復を表明したものの、見送る構えだ。8月に実施した欧米からの農産物・食品輸入禁止措置でロシアが受けた打撃が、予想以上に深刻なためだ。ロシアは、ウクライナの代金未払いにより供給を停止したロシア産天然ガスの供給再開を、制裁解除に向けた取引に用いるとの見方も出ている。(モスクワ支局)

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9月5日、ベラルーシのミンスクで、停戦合意の署名について記者団に説明するウクライナ、親ロシア派、欧州安保協力機構(OSCE)、ロシアの各代表(AFP=時事)

 ウクライナ東部でマレーシア航空機が撃墜された事件を受け、米国とEUが、ロシアの政府系銀行による資金調達を制限するなどの対露追加制裁に踏み切ったのが7月29日だった。これに対しロシアは8月6日、米国やEUから農産物や食品の輸入を禁止する報復制裁を発動した。

 報復制裁を発動したプーチン政権を多くの国民が支持し、世論調査基金が行った「欧米の経済制裁を恐れるか」との調査でも、約80%が「恐れない」と回答した。下院議員らも「経済制裁により消費者は自国製品を買うようになり、ロシア国内産業は大きな恩恵を受けるだろう」と口々に表明した。

 その後、ロシアの支援でウクライナ東部の親露派武装勢力が攻勢に出たことを受けEUは9月12日、新たな対露追加制裁を発動した。ロシアの軍需企業3社と国営石油大手3社のEU域内での資金調達を制限するなどの内容だ。

 これに対しベロウソフ大統領府補佐官は11日の段階で、報復措置として新たに、欧州からの中古車を含む自動車や軽工業製品の輸入を制限する方針を明らかにした。さらに、ウリュカエフ経済発展相は石油化学製品や冷蔵庫の輸入禁止を表明し、メドベージェフ首相は欧米航空会社の航空機のロシア上空通過禁止措置をちらつかせた。

 しかし、これら報復措置は実行されていない。そればかりか、ベロウソフ大統領府補佐官らの威勢の良さはどこかに消え去り、逆に弱気な発言が目立つようになった。ドボルコービッチ副首相は20日、「欧米に対する報復措置は検討していない」と語り、さらにコザク副首相は26日、「ロシアは報復措置を取らない」と表明した。

 ロシアが報復制裁を思いとどまったのは、8月に発動した欧米からの農産物・食料品禁輸によりロシアが受けたダメージが予想以上に大きかったからだ。

 ロシアの著名なシンクタンク、世界経済国際関係研究所(IMEMO)国際安全保障センターのアルバトフ所長は次のように語る。「欧米食料品の輸入禁止措置は、ロシアにとってより大きな打撃だ。ロシアの食標品市場の約20%に及ぶ商品が輸入禁止の対象となった一方で、それら商品は欧米が輸出する商品のわずか1%にすぎない」

 実際、物価の上昇と同時に、ロシア経済にブレーキがかかってきた。ウクライナ問題が始まった2月以降、インフレが加速しているが、欧米の制裁を受けルーブル安が加速し、インフレに拍車を掛けた。ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は9月25日、今年の消費者物価指数上昇率が7・5%を超える可能性があると指摘した。目標値は5%だ。

 ロシアがさらなる報復を行うことは自殺行為とも言える。欧米航空会社航空機のロシア上空通過を禁止すれば、欧米はロシアの航空会社の航空機を自国から締め出すだろう。それは、ロシア最大の航空会社アエロフロートを倒産させかねない。「報復制裁でやりあうならば、少なくとも自国経済の各指標が健全でなければならない―」アルバトフ氏は続ける。

 特に対露経済制裁により、長期資金の調達でロシアの企業が苦しんでいる。ロシアの企業が低利の長期資金を調達する先は事実上、ロシア政府か、欧米の金融市場に限られているからだ。経済への影響も深刻であり、「ロシア産原油価格の低下と地政学的問題(クリミア編入とウクライナ東部への影響力確保)による打撃は、国内総生産(GDP)の4%に匹敵する」(財務省長期戦略計画局のオレシキン局長)という。

 ドイツのメルケル首相は29日、「(対露)制裁解除を検討するには極めて遠い」と述べ、今後ともロシアへの経済制裁を継続する強い姿勢を改めて示した。しかし、ロシアとしては、ウクライナ問題の発端となったクリミア編入を今更取り消すことはできない。ウクライナ東部情勢についても簡単には譲歩できないだろう。

 そのような中で、欧米との緊張緩和の糸口となる可能性があるのが、ロシアとウクライナの天然ガス交渉だ。ロシアはウクライナのガス代金未払いを理由に同国へのガス供給を停止しており、供給再開に向け10月中に未払分を支払うことなどを要求。ロシア、ウクライナ、欧州委員会の3者が26日にベルリンで協議したが結論は先送りとなった。

 ロシアの天然ガスはウクライナを経由するパイプラインで欧州に供給されており、ウクライナとロシアの間のガス問題は欧州に影響を与える。天然ガス交渉で合意に至れば、欧州の一定の態度軟化が期待できるとの見方から、ロシアが譲歩する可能性も指摘されている。