韓国“スパイ天国化”の恐れ

 韓国と北朝鮮による南北首脳会談が今年相次ぎ開催されたことなどを受け、韓国では融和ムードに便乗するように金正恩朝鮮労働党委員長を露骨に称賛する動きが目立ち始めた。文在寅政権はスパイ行為を取り締まる各機関の規模を縮小させており、“スパイ天国化”を危ぶむ声も聞かれる。
(ソウル・上田勇実)

街頭や公共放送で金正恩称賛
文政権、取り締まり機関を縮小

 「(金正恩氏は)謙遜で、指導者としての力があり、今の(北朝鮮の)経済発展を見るにつれ、心からファンになりたいと思うようになった」

金正恩朝鮮労働党委員長

「偉人を迎える歓迎団」がソウル市内の地下鉄構内に出すことを検討中だという金正恩朝鮮労働党委員長ソウル訪問を歓迎する広告案=同団体フェイスブックより

 これは今月4日、公共放送KBSの看板時事トーク番組に出演した市民団体「偉人を迎える歓迎団」の金スグン団長の言葉だ。

 金団長は番組で北朝鮮の世襲体制や人権問題についてどう思うか尋ねられると「朴正煕元大統領の後、(娘の)朴槿恵前大統領も大統領になった。(中略)なぜ彼らに対しては世襲なのかと問わないのか」と反問した。

 公共放送の電波に乗って「金正恩称賛」が堂々の語られたことに驚きを禁じ得ないが、これにはさすがに「まるで北朝鮮の中央放送でも見ているよう」といった困惑の声が上がった。保守系野党、自由韓国党の議員は番組廃止を促している。

 「偉人を迎える歓迎団」は先月26日、結成の記者会見を開いた。9月の南北首脳会談で合意した金委員長のソウル訪問を歓迎するもので、「偉人」とは他ならぬ金委員長のこと。会見では「金正恩ファンクラブの会員を公開募集する」「私は共産党が好きだ」などと叫び、物議を醸した。

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 「金正恩称賛」が本格化したのは先月7日に「白頭称頌委員会」が結成されてからだ。若者を前面に出し、雨後の筍(たけのこ)のように急ごしらえされた団体が街頭で集会を開いている。ただ、「根っこは全て同じ親北派の仲間同士」(韓国メディア)のようだ。

 問題はこうした動きが「表現の自由」を隠れ蓑(みの)にした、社会通念に反する行為であるだけでなく、国家保安法の「反国家団体(北朝鮮)を称賛・鼓舞する行為」として取り締まりの対象になることだ。今回のケースでも同法違反の疑いで「偉人を迎える歓迎団」が告発され、捜査が始まっている。

 だが、それ以上に問題なのはまっとうな捜査が行われるか疑問視されていることだ。文政権がスパイ取り締まりなどで韓国の治安を守ってきた公安機関を「積弊清算」の一環と見なし、次々に縮小しているためだ。

 韓国の主な公安機関には国家情報院の対共捜査局、警察庁の保安局および保安捜査隊、韓国軍の軍事安保司令部(旧軍機務司令部防諜処)、検察庁公安部などがあるが、対共捜査局は捜査権がノウハウのない警察に移管され、軍事安保支援司令部は名称変更とともに4200人いた人員が30%以上減の2900人に減らされた。

 実際、文政権発足以降、同法違反容疑の立件数は急減している(表参照)。ある公安問題専門家は、上記の金正恩称賛の動きが「単に金氏訪韓を歓迎する目的ではなく、金氏を称賛し北朝鮮体制を正当化し、国家保安法を無力化する狙いがある」として警鐘を鳴らしている。

 堂々と繰り返される反国家団体(個人)への称賛が黙認され、訴えても捜査力が削(そ)がれている。いずれ解体された親北政党が再び結成されたり、脱北者に交じった北朝鮮工作員の合法的韓国入りが増え、韓国人親北派が彼らに協力する――。「南北融和の裏で韓国の“スパイ天国化”が進みかねない事態」(警察関係者)と言える。