「北は主敵」削除?韓国で波紋
文政権の“配慮”に保守反発
韓国で今年12月に発刊予定の「2018国防白書」から「北朝鮮は敵」といういわゆる「主敵」表現が削除されると一斉に報じられ波紋を広げている。南北融和を推し進める韓国・文在寅政権としては北を刺激しまいという“配慮”をしたいのだろうが、国内保守派は「安全保障が危うくなる」として猛反発している。
(ソウル・上田勇実)
北の思想教育「南朝鮮は主敵」
韓国メディアによると、現在、政府は国防白書から「主敵」表現の削除を検討しており、その理由として今年4月の南北首脳会談で発表された板門店宣言の後の「情勢変化」を挙げたという。
北朝鮮を「敵」と見なしたまま緊張緩和措置を話し合うのは矛盾しており、もう核実験は1年近く、ミサイル発射も9カ月それぞれ中断していて「主敵」表現の前提としている「脅威が続く限り」という状況ではなくなったから、などと説明しているようだ。
同白書は隔年発行で文政権発足後では初めて。核実験やミサイル発射が中断されたのは北朝鮮による融和ムードを広げる戦術の一環に過ぎない可能性が高いのに、文政権は表面上の変化を口実に脅威がなくなったと判断した模様だ。
当然のことながら保守派はこれに反発している。保守系の最大野党、自由韓国党は「国の安保を脅かす国防省を糾弾する」とする党国防委員会幹事らによる連名の論評を発表した。
保守系大手紙・朝鮮日報も社説で「北朝鮮がまだ非核化も始めていない」中で「主敵」表現の削除は「韓国軍がどこに対して国を守るのか分からなくなる措置」だと指摘、「なぜここまで性急なのか全く理解できない」と首をかしげている。
批判が起きる中、政府は防戦に追われている。宋永武国防相は国会国防委員会での質疑で「(削除は)確定していない」「私が国防省の実務者に主敵概念に関する指示を出したことはない」と逃げの答弁を繰り返した。
文大統領自身、「主敵」に対する見解をただされたことがある。昨年5月の大統領選を前にした各党候補による討論会だ。文氏は当時の劉承●(「日」の右に「文」)・正しい政党大統領候補(現、正しい未来党議員)に「北朝鮮は私たちの主敵か」と執拗に問われ、「北朝鮮を主敵として公開的に闡明(せんめい)するのは国家指導者としての資格がない発言」と述べた。韓国大統領は北朝鮮を「主敵」と見なすべきではない、という驚くべき発言だった。
政治リーダーの安保観が疑われる話だが、さらに深刻なのは当の相手である北朝鮮が一貫して韓国を「主敵」と見なし続けている点だ。
国営の朝鮮中央テレビが昨年8月、北部の慈江道にある「階級教養館」で行われた思想教育の様子を伝える番組を放映した際、ある掲示板に「南朝鮮(韓国)傀儡(かいらい)たちはわれわれの主敵」という標語が記されていることが確認された。
また2015年7月の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は「何よりも確たる主敵観を持つことが重要だ。われわれの主な敵は米帝(米国)と日本反動、南朝鮮傀儡たち」と述べた。北朝鮮は党の規約で韓国を「解放と革命」の対象と見なしていることからも、こうした考えは今も何ら変わっていないというのが専門家らの見方だ。
1994年に開かれた南北会談で北朝鮮側代表が「ソウルを火の海にする」と爆弾発言したのをきっかけに翌年発刊の国防白書に「主敵」表現が登場して以来、韓国では政権の保革交代のたびに「主敵」が入れられたり外されたりしてきたが、北朝鮮はその間も一切ぶれることなく韓国への敵愾(てきがい)心を軍や住民に植え付けてきたのが実情だ。
南北・米朝首脳会談で融和ムードが広がり、北朝鮮は体制保証に向け休戦状態にある朝鮮戦争の「終戦宣言」をするようしきりに催促しているが、軍事境界線を挟み南北の軍事的対峙は何も変わっていない。
政権は親北路線を取ったとしても、「安全保障における最後の砦にならなければならないはずの軍」(朝鮮日報)までが内外に「北=主敵」表現を削除する一種の思想武装解除を急ごうとしている現実こそ韓国の今の危うさを象徴している。






