中国に泣き付いた金正恩氏
米の会談受諾は予想外
考えづらい「核の完全放棄」
北朝鮮の金正恩労働党委員長が慌ただしく動き回っている。1月1日の「新年の辞」で「南北融和」路線を打ち出し、「平壌オリンピック」と揶揄(やゆ)された「平昌オリンピック」の開会式には実妹の金与正氏を、閉会式には「私が天安号撃沈事件の主犯」と言って憚(はばか)らない金英哲労働党副委員長を特使として派遣し、「南北首脳会談」開催の実現を約束した。さらには、オリンピック参加への答礼として韓国の文在寅政権が送って来た特使に「米朝首脳会談」を望んでいる趣旨のメッセージを伝え、この特使はアメリカや中国、日本などで金正恩氏との会談の内容を伝えた。
これに対しアメリカのトランプ大統領が「北朝鮮の非核化実現のためならば」と、5月までに会談する意向を示した。北朝鮮側とすれば予想外とも言えるトランプ大統領の会談合意に対して当惑したのではないだろうか。なぜなら、トランプ政権は朝鮮半島政策もいまだ固まっておらず、駐韓大使も未定であり、何よりも会談には準備が必要であり、事前の調整も難航することが予想される。トランプ大統領が熟慮せずに独断で、「最高のビジネスマン」感覚で会談合意を決めたのではとも言われているが、自ら望んだ米朝首脳会談を「予想外に早い回答」などと言っている場合ではなくなってきた。金正恩氏が取った次の手は「100年の宿敵(日本)ならぬ1000年の宿敵」と言って憚らない中国に始末を取り次ぐことであった。
金正恩政権はかつてトランプ大統領が金正恩氏のことを「チビのロケットマンとの交渉を図るのは時間の無駄」と発言したことに対し、「米国の老いぼれ狂人を必ず火で罰するだろう」と脅迫。さらには「新年の辞」では「米本土全域がわれわれの核兵器の射程内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれている。これは決して威嚇ではなく現実だということを理解すべきだ」と、あたかも「ワシントンを火の海にする」核ミサイルと核弾頭の開発が成功したかのように発言し、恫喝(どうかつ)した。
だが、トランプ大統領はこれに恐懾(きょうく)することなく、すかさず「疲弊し食料に飢えている政権の誰かが彼に伝えてくれないだろうか。核ボタンは私も持っており、それは彼の物よりずっと大きく強力であり、私のボタンは機能すると言うことを!」と述べた。トランプ大統領は北朝鮮のミサイル・核技術の水準の虚実をはかっての上での発言であり、恫喝などではない。トランプ大統領はまた「なぜ私を『老いぼれ』と侮辱するのか。私は彼を『チビでデブ』とは言わないのに。彼と友人になるように努める」と、金正恩政権との対話の意思のあることを述べていた。
北朝鮮問題の識者の中には「トランプ政権は政権が発足して間もなく、北朝鮮外交のブレーンが少なく交渉力が弱い。それに比べ北朝鮮は40年以上もアメリカとの交渉経験がある」と指摘し、5月までに開催されるであろう米朝首脳会談を提案した金正恩氏の「外交的大勝利」とまで言っているが、肝心の金正恩政権には自国だけで対応する外交力がない。事ここに至り泣き付くところは「血で結ばれた友誼(ゆうぎ)」であり「1000年の宿敵」の中国に頼ることである。
金正恩氏は3月25日夜から中国を訪問し、28日まで習近平国家主席をはじめ複数の共産党幹部と会談した。金正恩氏の中国訪問は「電撃訪中」として瞬く間に世界を駆け巡り、テレビで北朝鮮問題の解説をしているおなじみの辺真一氏も「驚いた」の一言であったが、金正恩氏も北朝鮮の歴代最高指導者が利用してきた「1号列車」と呼ばれる特別列車で中国に入った。父や祖父のからの格式継承を印象付けるだけでなく、列車は最先端の仕様が施されており、爆撃などにも耐え得るとされている。
この特別列車が北朝鮮側から中国側の玄関口である遼寧省の丹東駅に到着すると、中国側の要人の出迎えセレモニーが行われる。そのために、丹東駅ではこの特別列車が到着する1週間くらい前から駅構内の安保点検のための作業が行われ、売店などの施設が撤去され、ものものしい警戒態勢が取られるので、丹東駅に出入りする人たちは「北朝鮮からやんごとなき人物が来るようだ」と察知したであろう(ただし、これは筆者が20年くらい前に現地の定点観測者から丹東駅前で直接聞いたことであるが、今回の金正恩氏訪問でも同じようなセレモニーが行われていた)。金正恩氏の訪中についてはアメリカと韓国には事前に知らされていたので、あながち「電撃訪中」に当てはまらないかもしれない。
さて、問題は金正恩氏の語る「非核化」とは、「金日成主席と金正日総書記の遺訓に基づく半島の非核化」であり、それは「段階的な非核化」であるが、トランプ大統領の求めるのは「完全かつ検証可能で不可逆的な(核)解体」である。習近平主席は驕佚(きょういつ)な金正恩氏がそれこそ膝を屈してまでも取り入った「体制の安全保証」の擁護者となることをどこまで確約したのだろうか。北朝鮮が「核の完全廃棄」に応じるとは考えづらい。
(みやつか・としお)