金正男氏に亡命打診 韓国・李前政権

 先月、マレーシアで殺害された北朝鮮の最高指導者、金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏に対し、韓国の李明博政権が2012年の総選挙、大統領選を前に韓国への亡命を打診したが、本人がこれを断り実現しなかったことが22日までに分かった。複数の韓国情報筋が本紙に明らかにした。韓国メディアも李政権が正男氏に亡命意思の有無を確認したと報じていたが、実際には国内政治も念頭に積極的に働き掛けていたようだ。(ソウル・上田勇実)

本人固辞し実現せず
長男ら家族は事実上の亡命

 同筋によると、李政権は2012年4月の総選挙と12月の大統領選を前に正男氏に韓国への亡命を働き掛けたが、本人が固辞したという。断った理由として同筋は「どこに亡命しても命を狙われる身であることを覚悟していたため」と述べた。

金正男

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄・金正男氏(AFP時事)

 正男氏のいとこで1982年に韓国に亡命した李韓永(本名・李一男)氏は整形手術を受け、改名もしたが、96年にソウル近郊で北朝鮮工作員に射殺されている。

 正男氏に対する亡命打診について当時、青瓦台(大統領府)で外交安保を担当したある元高官は本紙に「韓国亡命の意思を確認したが、本人が中国に残ると言って固辞した」と認めた。

 正男氏は金正日総書記の長男だが、母親の成”琳は金総書記とは正式に結婚せず、金日成一家の中ではもちろん北朝鮮住民にも秘密にしておきたい存在。その一方で、正男氏は海外に居住しながら北朝鮮体制に批判的な発言を繰り返した。金委員長としては正男氏が「白頭血統と呼ばれる金一家の神性と尊厳を傷つけ、そうした正男氏の存在がどんどん世界に知れ渡ることが体制維持の負担になっていた」(千英宇・元青瓦台外交安保首席秘書官)とみられる。

 こうした事情を踏まえ、正男氏は「自分はいつか殺害されても、せめて家族だけは安全な場所にかくまいたいと考えていた」(同筋)ようだ。

 ただ、正男氏の韓国亡命については「北朝鮮を離れて長い年月がたち情報価値が低い上、韓国入国後は工作にも利用しにくい」(元韓国政府高官)との理由で慎重論もあったようだ。正男氏亡命は情報機関の国家情報院が試みようとし、政府に止められたとの情報もある。

ハンソル氏

北朝鮮の金正男氏の息子ハンソル氏(AFP時事)

 一方、正男氏殺害を受け、長男ハンソル氏の安否に関心が寄せられている。

 事件後、ハンソル氏とみられる男性が父の死を認め、母、妹と一緒に安全な場所にいることをうかがわせる動画がインターネット上で公開されたが、その際、オランダ、中国、米国と匿名希望の国の政府から支援を受けたことに謝意を表した。

 このことについて北朝鮮問題に詳しい柳東烈・元韓国警察庁公安問題研究所研究官は「オランダは正男氏殺害当時ハンソル氏が滞在していた場所だった可能性があり、米国はハンソル氏らの移送を支援、中国は長年にわたり警護をしていた。匿名の国は彼らの亡命先として入国を受け入れた国ではないか」と述べた。

 正男氏は自ら亡命を断念し殺害されたが、長男ハンソル氏ら家族は事実上の亡命を果たす結果となった。