相次ぐ北朝鮮外交官の韓国亡命 幹部階層に広がる「限界説」

在英公使に続き在露書記官も?

政権内部の第一級情報に関心

 先週、韓国政府は在英北朝鮮公使を務めていたテ・ヨンホ氏が家族と共に先月、韓国への亡命を果たしたと発表したのに続き、在ロシア北朝鮮3等書記官が第三国経由で韓国に亡命したと報じられた。北朝鮮外交官として政権内部の第一級情報をどのくらい持っているか関心を集めそうだ。(ソウル・上田勇実)

テ・ヨンホ駐英公使

亡命した北朝鮮のテ・ヨンホ駐英公使=2014年11月、ロンドン。ビデオ映像より(AFP=時事)

 発表によると、テ氏は夫人と子供を同伴して韓国入りし、現在は韓国政府の保護下に置かれている。テ氏は在英北朝鮮大使館のナンバー2で、これまで亡命した北朝鮮外交官の中では「最高位クラス」だという。

 亡命動機について本人は「金正恩体制に対する嫌気、韓国の自由民主主義体制への憧れ、子供の将来」と語っているといい、韓国政府は今回のテ氏亡命で「北朝鮮の核心階層に、金正恩体制に対する『もうこれ以上希望がない、北の体制がすでに限界に達している』という認識が広がっており、支配階層の内部結束が弱まっているのではないかと判断」しているようだ。

 一方、ロシアメディアなどは在ロシア3等書記官のキム・チョルソン氏が先月、家族と共にロシアを出国した後、ウクライナなどを経由して韓国入りしたと報じた。体制への反発が亡命理由だという。

 報道が事実とすれば、相次ぐ北朝鮮外交官の韓国亡命に国際的な関心が高まるのは間違いない。

 ただ、動機については額面通りに受け止められないという指摘もある。特に近年の韓国保守政権では「北朝鮮独裁政権の動揺・崩壊を促すため、体制批判につながる情報を意図的にリークする傾向がある」(元韓国大手通信社記者)ためだ。

 今年4月には中国の北朝鮮レストランで働く北朝鮮女性13人が集団で脱北したが、これには韓国情報機関が深く関わった可能性も指摘されている。

 このため「北の権力核心家門の動揺を示す亡命」(韓国紙・文化日報)、「エリート層のドミノ脱北につながるか」(同・国民日報)などの主張はやや前のめりといえる。

 北朝鮮の高位級が韓国に亡命する動機について、韓国のある北朝鮮問題専門家はこう指摘する。

 「第一に政治思想上の理由。自分の政治的信条が北朝鮮本国とは異なり、これを隠し続けられなければ処罰される。第二に女性問題や横領など犯罪を犯した場合。そして第三に海外での外貨稼ぎの実績が不振で責任を負えなくなった時だ」

 北朝鮮の海外公館は実際に外貨稼ぎが最優先課題といわれる。在英公使だったテ氏がその責任者の一人だった可能性は十分ある。

 亡命先も果たして韓国が“本命”だっただろうか。1997年に韓国に亡命した黄長燁・元書記の場合、当初は米国を希望したといわれるが受け入れられず、日本も黄氏自身が希望したため触手が動いたが、法的に保護する根拠がなく断念せざるを得なかったという。

 韓国マスコミなどによると、テ氏の夫人であるオ・ヘソン氏は金日成主席の抗日闘争を共に戦ったいわゆる「抗日パルチザン」の家門だとされる。テ氏は高校在学中に中国に留学し、本国に戻って大学を卒業し外務省に入った後もデンマークやスウェーデンなどで勤務。その後の英国駐在は約10年にも及んだ“アウトドア派”だ。出身成分の高さや長い海外赴任は、見聞を広めるチャンスに恵まれ、柔軟な発想が可能になる。

 韓国はこれまで北朝鮮の労働党や軍、政府などで働いていた幹部が韓国に亡命すると「高位脱北者の帰順(=亡命)」としてマスコミがこぞって取り上げた。以前は体制の優位性を宣伝する「道具」として積極的に利用してきたが、近年は彼らが北朝鮮政権の中枢に関する価値ある情報を持っているか否かがより焦点になっている。

 テ氏は昨年、英国の有名ギタリスト、エリック・クラプトンのコンサートを見に行った正恩氏の兄、正哲氏に同伴している姿が一部メディアで報じられた。正哲氏、さらには正恩氏に関する情報にある程度、接していた可能性もある。

 正哲氏をめぐっては最近、正恩氏の専用別荘で妹の与正氏と一緒に兄妹3人で会ったとする目撃情報があり、「権力に関心がない」と思われていた正哲氏の動向が注目されている。