殺菌剤が広げた「毒」と波紋、韓国で143人が肺疾患で死亡

政府の監督姿勢にも批判

 加湿器に混入する殺菌剤が原因とみられる死亡事故が韓国で相次いだ問題が波紋を広げている。吸入時の毒性について警鐘が鳴らされたが、メーカーはこれを無視して製造・販売した疑いがもたれている。政府も監督責任を問われそうだ。
(ソウル・上田勇実)

メーカー元社長逮捕

危険性警鐘も無視し市販か

 冬場を中心に大陸性の乾燥した日が続く韓国では家庭や職場、病院などで加湿器がごく普通に使われている。その加湿器に入れる殺菌剤が原因とみられる死傷事故が多発している問題が最近になって大きな関心を集め、メーカーの元社長らが業務上過失致死の疑いで逮捕される事態となった。

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8日、国会で加湿器用殺菌剤で被害にあった人たちの救済関連法案の国会通過を求める野党議員や市民団体メンバー=韓国紙セゲイルボ

 「Oxy Out!」

 多数の犠牲者を出した疑いが持たれているオキシー社に対し、韓国では同社を糾弾したり同社製品の不買運動を呼び掛ける記者会見で、こうしたプラカードを掲げる場面が頻繁に見受けられるようになった。

 ある犠牲者の遺族は「私の子は1歳ちょっとで病院の救急センターに入院し、その8カ月後に命を落とした。社会悪とも言うべきオキシーは韓国から撤収し廃業せよ」と記者会見で涙ながらに語った。

 韓国メディアなどによると、ことの発端は2000年に英日用品大手レキットベンキーザーに買収されたオキシー・レキットベンキーザー社が有害物質PHMGが含まれる加湿器用の殺菌剤を開発・製造したこと。当時、殺菌剤の容器には「殺菌99・9%―子供にも安心」「人体に安全な成分を使用し安心して使える」などの広告文句が記されていたという。

 オキシー社は吸入時の毒性について実験が必要だとする海外研究グループの報告を受けたが、元社長はこれを聞き入れず同年、殺菌剤を発売した疑いが持たれている。これを購入し実際に加湿器に入れて使用した人たちの中から妊産婦や乳幼児などを中心に肺損傷など肺疾患の被害が相次ぎ、政府のまとめによるとこれまでに少なくとも143人が死亡したという。

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12日、ソウル市内での記者会見途中にうなだれる加湿器用殺菌剤の被害者の家族=韓国紙セゲイルボ

 最初の被害報告から約10年後の11年、ソウルのある大学病院救急センターで急性呼吸不全の妊産婦患者が急増しているとする報告と調査依頼が保健福祉省傘下の疾病管理本部になされた。同省と同本部は殺菌剤が肺疾患の原因と推定されるという内容の中間調査結果を発表すると、オキシー社と大手ディスカウントストアは殺菌剤6種の販売中止と製品回収に応じた。

 ところが、オキシー社などに科せられた課徴金は5200万ウォン(約560万円)にとどまり、被害者団体がメーカーや流通大手を相手取って起こした提訴で検察は被害者調査が完全に終わっていないことを理由に起訴中止を決定。政府レベルの調査も13年に被害救済決議案が国会を通過した後にようやく動き出した。

 結局、今年に入って検察が専担チームを立ち上げ、ようやく本格的な捜査が開始された。

 オキシー社は記者会見を開いて謝罪し、被害者に対する補償を約束したが、これだけの被害を出したことへの批判は簡単に治まりそうにない。大手紙・東亜日報はオキシー社が「外国ではプールや浄化槽に使われる殺菌剤の原料」で殺菌剤を作ったため、「未必的故意か不作為による殺人罪が適用されるべき」と指摘した。

 一方、政府の監督不行き届きを叱責する声も上がっている。中央日報の日曜版「中央サンデー」は「大型船セウォル号沈没事故(14年)や中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスの流行(15年)、そして今回の加湿器用殺菌剤事件は「政府があっても国民の生命と財産を守るべき政府の役割の第一条を忘れたという点で共通する」と批判した。

 国会では野党を中心に朴槿恵大統領の謝罪や環境相辞任などを求める動きも出ており、争点になる可能性もある。