親北派が「偽装」し当選
韓国総選挙ショック(下)
南東部・蔚山広域市の日本海側に突き出した地域をタクシーに乗って走ると、延々と続く外壁で囲まれたとてつもなく広い敷地が2カ所見えてくる。北区にある現代自動車蔚山工場と東区にある現代重工業の造船所だ。
韓国を代表する財閥・現代の系列だが、ここで働く労働者や下請け会社の従業員には非正社員も多く、彼らは上京して待遇改善や権益擁護を求めしばしば過激なデモを起こしてきた。昨年11月にソウル中心街で数万人を集めた政権退陣デモもここの労働者が多数参加したと言われる。
もともと蔚山は保守色が濃く与党セヌリ党の大票田となってきた嶺南(釜山・慶尚道・大邱)に属するが、この地域だけは労働者の声も強い。
「無理な解雇や非正社員としての期間延長など現政権の労働政策はここにいる労働者たちの希望の芽を摘み取っている」
区議や市議、区長などを歴任し今回、総選挙で無所属で初出馬した尹鍾五氏は選挙の前日、北区の選挙事務所でこう話した。
開票の結果、尹氏は約61%の得票率でセヌリ党の尹斗煥氏を破り当選。同じように東区から無所属で出馬した金鍾勲氏も与党候補に大差をつけて当選を果たした。
だが、この2人の当選者にはある疑惑がつきまとっている。かつて所属した親北政党・統合進歩党の経歴を前面に出さず、無所属での出馬は正体をカモフラージュする「偽装」だったのではないか、というものだ。
統合進歩党は前回2012年の総選挙で13人の国会議員を誕生させたが、北朝鮮寄りの路線で物議を醸した。リーダー格の李石基議員が内乱扇動罪で有罪判決を受けたのに続き、統合進歩党そのものも一昨年末に憲法裁が違憲判決を下し強制解散させられた。
実は今回の選挙にはその統合進歩党の流れをくむとみられる新党「民衆連合党」から60人(地域区56人、比例4人)が大挙して出馬した。同党の政策公約集などには「国家保安法廃止」や「休戦協定の平和協定への転換」、「開城工業団地の即時操業再開」など北擁護の内容が列挙されている。
保守団体の集計では60人のうち55人が統合進歩党出身者で、さらにこのうち11人が国家転覆などを謀議した13年の同党秘密集会(通称RO会合)に参加していたことまで把握されているという。
今回の選挙は与党セヌリ党、野党の共に民主党と国民の党の三つ巴で民衆連合党は初めから勝算が薄く、実際60人全員が落選した。ではなぜ出馬したのか。韓国親北勢力の問題に詳しい柳東烈・元治安政策研究所研究官はこう指摘する。
「選挙という合法的な空間で自分たちの主張を少しでも広げるのが目的。選挙を宣伝扇動の場として利用し、韓国有権者を意識化させようというものだ。統合進歩党は看板を降ろしただけで核心メンバーや残党は街を闊歩している」
今回、蔚山で当選した尹氏と金氏には、いずれ民衆連合党に入党するのではないかという疑念の目が向けられている。この点について尹氏に尋ねると次のような答えが返ってきた。
「統合進歩党の解散は朴大統領の報復政治がもたらしたもので、歴史が再び審判するだろう」
金氏も「労働者中心の革新政党を作らなければならないという所信はもっている」(権奇珀・金鍾勲選挙対策本部長)という。
北朝鮮が今なお「労働者の味方」を隠れ蓑にしていることを蔚山の有権者がどこまで深刻に受け止めているかは分からない。
(蔚山=韓国南東部・上田勇実、写真も)