正恩氏登場5年、恐怖政治は体制不安の裏返し


 北朝鮮の最高指導者・金正恩第1書記が2010年9月の労働党代表者会に出席し、公の場に姿を現したことが国際社会に初めて確認されてから5年になる。極度の恐怖政治で表面的には独裁体制を維持しているが、権力固めはまだ終わっていないとみられ、引き続きその動向を注視しなければならない。

根本的変化ない中朝

 金正日総書記が、3人いる息子のうち三男・正恩氏を後継者に立てようと思い始めたのは、比較的早い段階だったとみられている。金総書記の専属料理人だった藤本健二氏(仮名)によれば、金総書記は生前、正恩氏が自分の性格と似ていることを満足気に口にしていた。

 とは言え、約20年かけて自らの権力基盤を固め、その間に経験も積んだ金総書記とは違い、正恩氏は30歳そこそこの若さで父に先立たれた。このため、正恩氏による統治が軌道に乗ることに懐疑的な見方も多かった。

 この見方に拍車を掛けたのが一昨年末、事実上の後見人で叔父の張成沢・党行政部長が処刑された事件だろう。正恩氏の未熟さを補い、権力移行期を無事乗り切るには張氏の摂政が必要と思われていた。

 しかし、大方の予想を覆し、金第1書記は混乱期を乗り切りつつあるかに見える。疲弊した国内経済や国際社会の圧力などの逆風にもめげず、先代の核開発路線を踏襲する一方、側近の世代交代を進めるなど独自色を強めている。国営メディアが喧伝(けんでん)する「現地指導」などでの金第1書記の様子は、常に上機嫌で快活そのものだ。

 対外関係では、中国に近かったとされる張氏の処刑や、北京での抗日戦勝70周年記念式典に金第1書記の代わりに出席した崔竜海・労働党書記が、韓国の朴槿恵大統領とは対照的に冷遇されたのではないかといった観測も重なり、中朝関係の冷え込みが指摘されている。

 だが実際には、中国にとって北朝鮮の戦略的価値は依然として大きく、両国関係に根本的な変化があるとは考えにくい。

 来月10日の党創立70周年記念日を前後し、北朝鮮は「人工衛星」と称した長距離弾道ミサイルの発射と核実験の実施を示唆している。米国などを揺さぶる狙いがあると同時に、国威発揚を通じ国内の結束と引き締めを図るつもりのようだ。

 ただし、金正恩体制は決して順調とは言えない。依然として続く極端な恐怖政治は体制不安の裏返しでもある。短期的には引き締め効果が大きいが、恐怖政治一辺倒では金第1書記と側近たちの信頼関係は築かれず、中長期的には逆に不安材料になる。韓国情報機関の国家情報院が、金第1書記の独断的で性急な統治スタイルが体制不安の要因だと指摘していることにも注目したい。

拉致解決へ決断促せ

 北朝鮮による拉致の問題を抱える日本としても、金第1書記の統治の行方に大きな関心を払わねばなるまい。のらりくらりと解決を先延ばしにしてきた北朝鮮が本気で拉致問題を優先課題に位置付け、全面解決に応じるようにさせるには、やはり金第1書記の決断を促すことが不可欠である。

(9月17日付社説)