北独裁者の回顧録、韓国で物議
左派が出版 利敵行為の疑い
目的は「抗日で南北融和」
 北朝鮮の金日成主席が1990年代に記したとされる回顧録『世紀とともに』(朝鮮労働党出版社)の写本『金日成抗日回顧録 世紀とともに』が先月韓国で出版され、物議を醸している。反国家団体(北朝鮮)を利する利敵行為に当たる疑いがあり、警察が捜査を開始したが、北朝鮮は早速これに反発している。
(ソウル・上田勇実)
次は金正恩評伝か
問題の本はすでに韓国大法院(最高裁)で「利敵表現物」と規定されている『世紀とともに』が原典で、全8巻のセット価格28万ウォン(約2万7000円)。先月1日から大手書店などで店頭とネットによる販売が始まったことが判明し、騒ぎになった。
同書の出版元は昨年11月に登録されたばかりの「民族の客間」という出版社で、代表を務める金スンギュン氏は李承晩大統領を退陣に追い込んだ60年の民衆デモの後に北朝鮮との統一を主張する学生運動に加わって以来、半世紀以上にわたり一貫して北朝鮮との融和を訴えてきた左翼活動家だ。
金氏は同書出版後、韓国メディアのインタビューで「出版の自由が保障されており、誰かに許可をもらう必要もない」とした上で、出版目的について「南北の間で共通に互いを褒められるのが抗日運動。それを媒介に苦しかった時期を共有し、新しい時代を開こうという趣旨だ」と語っている。
だが、原典に記されている金主席の抗日活動自体が眉唾物だと言われてきた。実態は「北朝鮮が主張するように白頭山を根拠地とし独自に朝鮮独立を主導したわけではなく、20年代は匪賊のような活動、30年代は中国共産党のため、また40年代はソ連共産党のために部分的な抗日活動に加わったのが全て」(柳東烈・元韓国警察庁治安問題研究所研究官)というのが定説だ。
また「抗日」で南北共闘した時代を懐かしむのは過去回帰的で、新しい時代を開こうという趣旨に矛盾する。支持率が30%台まで低迷している文政権にとって南北融和は政権浮揚に活用したいカードだが、「90年代とは違い今はもうこの種の本に影響される人はほとんどいない」(元韓国左翼活動家)ため、政権としても利用価値が低いというのが本音だろう。
騒ぎが大きくなり、書店も同書の販売を自発的に中断。保守系市民団体は裁判所に同書の販売・配布差し止め仮処分を申し立てた。その第1回公判で申し立て側弁護士は「金日成を称賛する本が合法的に流通するのは憲法にある大韓民国の伝統性と自由民主主義に背くもの」と述べ、事態の深刻さを訴えた。
ただ、警察の捜査がどこまで厳格な法適用を想定して進められるかは予断を許さない。文政権発足後、北朝鮮絡みの公安事件立件数は減少気味で、捜査当局が北朝鮮に融和的な政権に忖度(そんたく)した結果だとの見方が浮上している。
同書出版には、反国家活動を称賛したり、利敵表現物を保持・流布し同調する行為を7年以下の懲役に処する国家保安法の7条に明白に違反する疑いが持たれている。文政権発足前の2016年には、学生に『世紀とともに』の読後感想文を提出するよう求めた大学教授が執行猶予付きの有罪判決を受けたケースもあるだけに、現政権下でどう捜査が進められるか注目を集めそうだ。
捜査が開始されたことを受け、北朝鮮も横槍(やり)を入れてきた。韓国向け宣伝用サイト「わが民族同士」は「卑劣な策動」と非難し、捜査を牽制(けんせい)した。
北朝鮮では昨年末、11年に死去した父、金正日総書記の後継者となった金正恩氏による政権運営10年を美化した評伝『偉人と強国時代』(平壌出版社)が出版された。いずれ韓国親北派らの手によって密(ひそ)かに普及されるかもしれない代物だ。





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