韓国・文政権 検事総長叩きエスカレート

不正追及恐れ懲戒圧力
大統領は退任後の安泰を心配か

 韓国・文在寅政権が尹錫烈検事総長叩きをエスカレートさせている。文氏らが関わったとされる数々の不正疑惑の捜査で事実上の陣頭指揮に立つ尹氏を追い落とし、退任後の逮捕・起訴など歴代大統領がたどった悲劇的末路を回避しようと考えているようだ。ただ、尹氏は徹底抗戦の構えで、世論も尹氏に好意的。文氏の思惑通り事が運ぶか見通せない。
(ソウル・上田勇実)

総長に次期大統領の呼び声

 事の発端は、尹氏が曺国・前法相の家族をめぐる不正疑惑を捜査し、文氏の反発を買ったとされること。曺氏は政権への捜査を遮断する道具として物議を醸した「高位公職者犯罪捜査処」の設置に尽力した人物で、文氏に近い。曺氏は世論の反発から辞任に追い込まれたが、後任の秋美愛法相は今年初め、尹氏の下で捜査を担当した検察幹部ら32人を大幅交代させる事実上の報復措置を取った。

文在寅韓国大統領(EPA時事)

文在寅韓国大統領(EPA時事)

 ところがその後、秋氏をめぐり兵役中の息子が無許可のまま休暇を延長する特別扱いを受けられるよう手回ししたのではないかとする疑惑が浮上し、検察がその捜査に着手。これを前後して秋氏は事件捜査から尹氏を外す捜査指揮権を発動したり、最近は尹氏の職務を停止し、懲戒を請求すると明らかにした。ドロ沼化する両者の対立は今週にも決まる尹氏に対する懲戒の是非で最大のヤマ場を迎える。

 文氏と尹氏の対決構図が決定的となり、常軌を逸した尹氏叩(たた)きが行われているのは、南東部・蔚山市の市長選に文政権が介入した疑惑を尹氏が捜査し始めたためとの見方もある。

 当初優勢だった現職の保守系候補を落選させ、革新系候補で文氏の長年の友人を当選させるため、青瓦台(大統領府)が保守系候補の側近や親族をめぐる不正疑惑を捜査するよう警察に圧力をかけ、結果的に革新系候補は形成逆転で当選を果たした。

 さらに脱原発を掲げる文政権が南東部・慶州にある月城原発1号機の閉鎖を前倒しさせようとしたことと関連し、原発稼働の採算性を意図的に低く評価する報告書を上げさせるよう関係省庁に圧力を加えた疑惑に対し、検察が捜査に乗り出したことも影響があったとされる。

 文氏は捜査の行方次第で「権力型不正を主導した」との汚名を着せられかねない。そうなれば退任後の安泰は保証されなくなる。

尹錫烈韓国検事総長(韓国紙セゲイルボ提供)

尹錫烈韓国検事総長(韓国紙セゲイルボ提供)

 政権と検事総長のバトルは国民の目にどう映っているのか。文氏は尹氏を任命する際、「青瓦台であれ与党であれ、生きている権力に不正があれば厳正に捜査してほしい」と訓示したが、いざ自分とその周辺が捜査の矢面に立たされるや手のひらを返したように尹氏を攻撃し始めるなど、言っていることとやっていることが正反対だ。一方の尹氏は政権の顔色をうかがわない、権力の不正に立ち向かう正義漢と映っている。

 尹氏は文氏が積弊清算の第一ターゲットにした朴槿恵前大統領をめぐる不正疑惑の捜査を指揮した人物であったため、文氏は尹氏を検事総長に抜擢すれば自分に不利になるような捜査はしないと勝手に誤解していたようだ。読み違いをした文氏のカッコウ悪さと是々非々で捜査を進める尹氏のカッコウ良さの違いが際立ち、尹氏を国民的英雄扱いするムードすらある。

 先週のある世論調査では文氏の支持率が就任後最低の37・4%を記録。強権的でなりふり構わぬ尹氏叩きに、さすがの文氏支持者も一部離反し始めたと見える。

 尹氏は1年3カ月後に行われる次期大統領選の有力候補として急浮上中で、反与党陣営がラブコールを送る可能性もある。尹氏は「政治的感覚も支持基盤もない」(韓国政府関係者)ため、検事総長を辞めてしまえば大統領候補としての競争力は失われるとの見方は少なくないが、文政権にとっては「芽をつぶしておきたい政敵」なのだろう。