韓国 米朝仲介から日朝仲介へ?

金正恩氏の東京五輪招待に期待
拉致問題テコに北に接近

 韓国の文在寅政権が来年の東京五輪・パラリンピックを舞台に拉致問題で関係が冷え込む日朝の仲介を果たそうと意欲を示している。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に訪日を説得し、拉致解決や国交正常化などの糸口を見いだしてもらい、あわよくば南北関係改善につなげるのが狙いとみられる。だが、日本の北朝鮮や韓国に対する不信は根深く、思惑通りいくかは見通せない。
(ソウル・上田勇実)

平和演出でレガシーづくり

菅義偉首相

菅義偉首相

 今月、急きょ来日した韓国国家情報院長の朴智元氏は菅義偉首相や自民党の二階俊博幹事らと相次いで会い、その目的に関心が集まった。朴氏は菅首相を表敬訪問した場で「文大統領の『東京五輪構想』を説明した」(韓国紙朝鮮日報)という。

 それは来年7月の東京五輪を契機に「韓日の懸案である元徴用工問題と北朝鮮による日本人拉致問題、北朝鮮の核問題など北東アジアの安全保障問題を一括妥結しようというもの」(同紙)だという。

 「構想」の中で最も注目を集めているのが、拉致問題の妥結だ。就任以来、拉致問題を最優先課題と強調し、解決のためなら正恩氏と直接向き合うと繰り返し述べている菅首相にとり、「正恩氏との会談は、安倍前首相もできなかった解決への糸口をつかむことにつながり、検討の余地はある」(政府関係筋)からだ。

 仮に文氏の説得などで正恩氏が訪日し、菅首相と首脳会談するとなれば、日本側は拉致被害者の帰国、北朝鮮側は国交正常化とそれに伴う巨額の賠償金受け取りなどが動き出す。日朝は雪解けに向かい、仲介した文氏は再び正恩氏と朝鮮半島平和について話し合える…。文政権はそんな青写真を描いているのかもしれない。

文在寅大統領

文在寅大統領(EPA時事)

 朴氏に続くようにして来日した韓日議員連盟のメンバーは、日本の日韓議員連盟と会合を開き、菅首相とも面会した。帰国後、議連の金振杓会長は、韓国メディアの取材に「正恩氏の五輪招待は可能だと日本政府側が表明した」と明らかにしたが、この発言について日本側は否定した。韓国がいかに「正恩氏の五輪招待」に前のめりになっているかを物語るものと言える。

 金氏は日韓の最大懸案である元徴用工問題と関連し、差し押さえられた日本企業の韓国内資産が現金化される問題について「(妥結に向けた)両国首脳による宣言が反日・嫌韓感情で今すぐできないなら五輪が終わるまで封印しようと提案した」とも述べた。

 現金化に強く反発している日本に対し、これまで韓国は三権分立を理由に司法の判断に任せるの一点張りだった。それが今度は日朝仲介を果たすためなら「現金化させない」と態度を一変させたわけだ。文政権の真意は日韓関係改善ではなく、あくまで日朝仲介による南北関係改善にあることを如実に示している。

 残り任期1年半を切った文氏にとり、最大の目標は朝鮮半島の平和定着というレガシー(政治的遺産)づくりだ。任期前半に米朝首脳会談の仲介に奔走したものの、結果的に米朝は決裂し、南北関係も悪化したまま。そこで米朝仲介を諦め、日朝仲介に作戦変更したということだろう。

金正恩委員長

金正恩委員長(AFP時事)

 国連制裁が続く中、単独で対北経済協力を進める道も絶たれている今、かつて韓国・平昌冬季五輪への北朝鮮参加をきっかけに始まった米朝仲介と同じような平和演出を東京五輪で再び仕掛けるつもりのようだ。

 ただ、北朝鮮との非核化ショーに応じたトランプ米大統領と違い、日本に平和演出を手伝うメリットはなく、逆に北朝鮮や韓国に対し「これまで何度も約束を破られた」という思いが強い。正恩氏も文氏に対し、米国との仲介を自分たちの意に沿う形でやらなかったという不満を抱いている。文氏「笛吹けど」日朝ともに「踊らず」に終わる可能性もある。