脅す北朝鮮、媚びる韓国 対北ビラ、北の非難受け即刻取締り
金与正氏の談話受け緊急会議
共同宣言20年で揺さぶりか
このところ北朝鮮が韓国に脅迫まがいの非難を浴びせ続けている。これに対し韓国の文在寅政権は終始、北朝鮮に媚びへつらい、国内保守派から強い反感を買っている。
北朝鮮の狙いは国内引き締めにあると言われるが、2000年の南北共同宣言から20年を迎え、経済支援などに応じるよう韓国を揺さぶる思惑もありそうだ。
北朝鮮の韓国非難が強まったのは今月4日、金正恩朝鮮労働党委員長の妹、与正・党中央委員会第1副部長が韓国脱北者団体の対北ビラ散布を非難する談話を発表してから。与正氏は韓国政府がビラ散布をやめさせなければ開城工業団地の完全撤去、南北連絡事務所の閉鎖、南北軍事合意の破棄を覚悟するよう脅してきた。
韓国統一省はこの談話のわずか4時間半後、まるで与正氏から厳命を受け襟を正すかのようにビラ散布禁止法案を準備中だと発表し、11日にはビラを散布した2団体を刑事告発するなど取り締りに乗り出した。
青瓦台(大統領府)もビラ散布を「百害あって一利なし」と切り捨て、「2018年の南北首脳会談で合意した宣言をはじめ関連法に違反」するため「徹底的に取り締まる」と明らかにした。
韓国政府は独裁体制にあえぐ北朝鮮住民に真実を伝える行為を「百害」と決めつけた上、守るべき自国民となった脱北者を断罪し、独裁者が支配する北朝鮮の言いなりになった自分たちの態度が国際社会にどう映ったかということにはお構いなしのようだ。
禁止法の準備を明らかにした統一省の発表に、ある保守系論客は自身の動画チャンネルで「君たちはそれでも大韓民国の国家公務員なのか」と憤慨した。仮に禁止法が作られた場合、韓国は憲法で保障される「表現の自由」を自ら制限する恐れがある。「民間レベルの活動が正しいか否かを判断する権利を政府が独裁し規制しようというのは全体主義的発想」(元韓国政府高官)とも言える。
確かに韓国から飛んでくるビラには北朝鮮の実情や国際社会の真実が記され、また最も過敏に反応する「最高尊厳」(=正恩氏)の誹謗(ひぼう)中傷で溢れているため、北朝鮮が敵対行為と見なすのは理解できる。
だが、軍事境界線で行われてきた対北放送などに比べ影響力は限定的との見方が多く、突然、ビラ散布にかみついてきたのは他の理由、例えば経済制裁と新型コロナウイルスの感染拡大などで疲弊する国内に活を入れるためではないか、との見方が広がっている。
さらに見逃せないのは、談話でも言及されているように15日が南北共同宣言から20年の節目で、これに合わせて北朝鮮が韓国を揺さぶってきた可能性があることだ。米国が反対している南北経済協力の再開を念頭に置いているとみられる。
北朝鮮は13日夜にも与正氏の名前で談話を発表。今度は「南朝鮮(韓国)と決別する時がきたようだ。われわれは間もなく次の段階の行動を取る」「敵に対する行動の行使権を総参謀部に移そうと思う」などと明らかにした。軍事的挑発をほのめかす内容だ。
すると青瓦台は翌日早朝、国家安全保障会議(NSC)の緊急テレビ会議を開いて対応を協議するなど異例ともいえる迅速な対応を見せた。与正氏の一言に右往左往だ。
韓国左派系団体も共同宣言20年などに合わせ、北朝鮮の本音を忖度(そんたく)するかのように「反米・対北支援」を叫び始めた。韓国進歩連帯や全国民主労働組合総連盟(民主労総)、全国農民会総連盟(全農)など過激デモで知られる団体はソウル市内で集会を開き、「米国の制裁下でも開城工業団地、金剛山観光を再開しよう」と訴えた。
在韓米国大使館前では「ウリキョレハナテギ(私たち民族が一つになる)運動本部」のメンバーたちが真っ赤に染めたプラカードを大使館に向かって掲げるパフォーマンスを見せた。レッドカード、即ち在韓米軍は出ていけというメッセージだ。
文大統領は15日、北朝鮮に対決時代に逆戻りしないよう促したが、揺さぶれば面白いように揺れ動く韓国に、北朝鮮は手応えを感じ始めたかもしれない。
(ソウル・上田勇実)