駆け巡る重体・死亡説 ポスト金正恩に関心集まる

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妹が有力 集団指導併用も

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(36)の重体説や死亡説が報道やSNSなどを通じ世界を駆け巡る中、ポスト金正恩への関心が高まっている。妹で党組織指導部第1副部長の与正氏が有力視される一方、側近らによる集団指導を併用するとの見方もある。父、金正日総書記の死から9年足らず。北朝鮮が再び後継問題に直面すれば日本をはじめ周辺国への影響は必至だ。(編集委員・上田勇実)

北トップの病状は把握困難

 2011年12月19日、正午前。筆者はソウル市内にある脱北者団体の事務所で取材をしていた。モニタールームから一人の職員が慌てて飛び出してくるなり、「(北朝鮮国営の)朝鮮中央テレビが暗い音楽を流し始め、どうも様子がおかしい。もしかしたら金正日が死んだかもしれない」と叫んだ。

金正恩朝鮮労働党委員長と右は妹の金与正氏

平壌の百花園迎賓館で行われた南北首脳会談で共同宣言に署名する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。右は妹の金与正氏=2018年9月19日、平壌写真共同取材団

 急いで本社の編集局長に国際電話をかけた。団体の代表も自前のネット新聞に「金正日死去か」と打電した。モニター前に職員たちが全員集合する中、画面には正午の時報と共に喪服姿の女性アナウンサーが映し出され、金正日氏死去を重々しく伝え始めた。世界がその死を知った瞬間である。

 発表では2日前にすでに死亡していたというが、「韓国情報機関だけでなく、平壌に大規模な大使館を構える中国政府でさえ北朝鮮の正午のニュースまでその事実を把握していなかった」(元韓国政府高官)。米国と密な情報のやりとりを欠かさない日本も事前に兆候をつかめず、内閣官房の情報官と危機管理担当官が引責辞任に追い込まれた。いかに北朝鮮トップの健康状態を把握するのが難しいかを物語っている。

 今回の正恩氏重体説も情報把握の難しさという点では同じだ。「一握りの家族か最側近でない限り正恩氏の健康情報は知り得ない」(韓国政府系シンクタンクの幹部)ため、消息筋の名を借りた重体説や死亡説の大半は「信憑(しんぴょう)性に欠ける」(同幹部)と言える。

 事の真偽はいずれ明らかになろうが、心臓などに疾患を抱えるとされる正恩氏の健康不安と関連し、世界が改めて留意しなければならなくなった問題が浮上した。ポスト金正恩の行方だ。

 今のところ最も有力視されているのが妹の与正氏だ。北朝鮮で唯一、神格化される資格がある「白頭血統」と称される金日成主席の直系血統で、正恩体制を最もそばで支えてきた。実際に後継者となれば「影のナンバー2とされる金昌善・書記室長をはじめ最側近の協力は欠かせない」(柳東烈・元韓国警察庁公安問題研究所研究官)。

 ただ、まだ年齢が若く経験不足な上、儒教的価値観の根強い北朝鮮では「女性最高領導者」に仕えることに抵抗感を抱く可能性もある。「しばらく与正氏が前面に出た後、中国やソ連のような集団指導を併用する」(南成旭・高麗大学教授)可能性もある。

 集団指導は党の側近グループが中心になるとみられるが、実は与正氏にはある不安を抱いているという。北朝鮮情報筋はこう述べる。

 「側近たちは与正氏の発想は開放的過ぎて、独裁体制には向かないと判断しているようだ。トランプ大統領との交渉でも与正氏が核放棄に応じようとし、慌てた側近たちが中国に正恩氏と会談するよう頼み込み、習近平国家主席が正恩氏に与正氏を思いとどまらせるよう説得を促したほどだ」

 その後、与正氏の動静が途絶えたり、党政治局員候補を一時解任されたのも、これと関係しているという。まだ正恩氏は安心して妹一人に全権を託せないのが実情だ。

 ポスト金正恩には不確実要素もあり、仮に後継が現実のものになってもその成否は見通せない。拉致問題の解決や核・ミサイルの脅威の除去など北朝鮮との間に重大懸案を抱える日本としても、その行方から目が離せない。