カトリック教会性的虐待問題、フランシスコ・ローマ法王窮地に

大司教時代から隠蔽か
「汝、嘘を言うなかれ」と独誌特集

 全世界に13億人の信者を抱える最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会は今、次々と明らかになる聖職者による未成年者への性的虐待問題に直面し、その対応に苦慮している。信者の教会離れだけではない。教会への批判の矢が次第にフランシスコ法王に向けられてきたのだ。バチカン報道で定評のある独週刊誌シュピーゲル(9月22日号)はフランシスコ法王に対し、「汝、嘘(うそ)を言うなかれ」という見出しの特集を掲載し、大きな話題を呼んだばかりだ。
(ウィーン・小川 敏)

フランシスコ・ローマ法王

9月22日、リトアニアの首都ビリニュスを訪れたフランシスコ・ローマ法王(EPA時事)

 「聖職者による未成年者への性的虐待事件はバチカンの9・11(米同時多発テロ)だ」。前ローマ法王ベネディクト16世の私設秘書ゲオルグ・ゲンスヴァイン大司教がこう表現したほど、ローマ・カトリック教会は揺れている。

 フランシスコ法王が危機に面した直接の契機は、前駐米大使のカルロ・マリア・ビガノ大司教が「フランシスコ法王は米教会のセオドア・マキャリック枢機卿の性的犯罪を知りながら、それを隠蔽してきた」と指摘し、法王の辞任を要求したことだ。

 ビガノ大司教の批判は詳細に及ぶ。ベネディクト16世が聖職から追放したのにもかかわらず、マキャリック枢機卿を再度、聖職に従事させたのはフランシスコ法王だ。同法王は過去5年間、友人のマキャリック枢機卿の性犯罪を知りながら目をつぶってきた。同枢機卿(すうききょう)の聖職を剥奪(はくだつ)する処置を取ったのは、今年7月になってからだ。

 フランシスコ法王は同枢機卿の性犯罪を隠蔽してきたとの批判に対し、沈黙している。シュピーゲル誌は「南米出身のローマ法王は普段、饒舌(じょうぜつ)だが、肝心な時、いつも沈黙する」と評している。

 フランシスコ法王が第266代ローマ法王に選出されて5年半が経過するが、出身国アルゼンチンにはまだ凱旋(がいせん)帰国していない。これは何を意味するのか。

 故ヨハネ・パウロ2世は就任直後、故郷ポーランドを何度も凱旋帰国したし、ベネディクト16世もドイツを訪問し、国民はドイツ人法王を大歓迎した。シュピーゲル誌は「フランシスコ法王はローマに亡命中」と皮肉っている。

 アルゼンチンが軍事政権時代、その圧政に対して当時ブエノスアイレス大司教だったフランシスコ法王は十分抵抗せず、独裁政治を受け入れてきた経緯があるために帰国できないとの見方もあった。

 事実はそれだけではなかった。フランシスコ法王が凱旋訪問できないのは、ブエノスアイレス大司教時代、聖職者の性犯罪を隠蔽してきたからだ。性犯罪の犠牲者たちがローマ法王となったフランシスコ法王に書簡を送ったが、法王はそれに返答せず、沈黙してきたのだ。

 そのフランシスコ法王がアルゼンチンを訪問すれば、犠牲者たちが声を高くして訴える可能性が高い。法王は聖職者の性犯罪に「ゼロ寛容」を叫び、隠蔽してきた聖職者は今後、聖職には従事させない、と表明してきたが、その法王自身が多数の性犯罪を覆い隠してきたのだ。

 ローマ・カトリック教会では聖職者の性犯罪が世界各国で明らかになっており、米国では犠牲者数は1万9000人に上る。カナダ、チリ、ベルギー、アイルランド、オランダ、ドイツ、オーストラリア、オーストリアでも次々と発覚している。

 フランシスコ法王は就任直後、バチカン改革を推進するために9人の枢機卿を集めた頂上会議(K9)を新設し、教会内外に刷新をアピールしたが、9人のうち少なくとも3人が今、聖職者の性犯罪や財政不正問題の容疑を受けている。

 ローマ・カトリック教会の危機は、教会改革を推進するリベラルなフランシスコ法王に対し、それに抵抗する保守派聖職者との抗争といった図式ではない。

 問題は、カトリック教会がイエスの福音から離れ、腐敗してしまったことにある。「教会はこの世の権力を享受するため、その魂を悪魔に売り渡してしまった」というドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の登場人物のせりふを思い出す。