フィンランド100年の児童支援 妊娠から就学前まで、担当保健師が支援

フィンランド100年の児童支援 「ネウボラ」の現場 (上)

 わが国の2017年度の児童虐待件数は13万3778件で27年連続の増加となった。虐待死に至る痛ましい事件も絶えず、16年度は72人の子供が虐待死した。一方、ネウボラ制度の伝統で児童保護の環境が発達しているフィンランドでは、子供の虐待死発生件数は年間1未満と低い。現地のネウボラ施設を訪ねた。(ヘルシンキ・吉住哲男)

医療・育児 家族同様の把握
虐待死件数 年間1件未満

 フィンランド語で「ネウボラ」とは「アドバイスの場」という意味だ。ネウボラは妊娠期から就学前までの期間、すべての家族を対象に保健師が支援する制度で、利用は無料。歴史は古く、フィンランドの妊婦や乳児の死亡率が高かった1920年代にさかのぼる。経済的にも豊かでなかった時代に、小児科医や看護師の民間グループによる取り組みが出発点と言われ、44年に制度化して全自治体に設置された。

エルヤ・フットゥネンさん

ヘルシンキの北地域のネウボラ保健師長、エルヤ・フットゥネンさん

 ヘルシンキ(人口約63万人)には、現在21のネウボラセンターがある。保健師1人でおよそ妊婦30人、乳幼児250人を担当しているが、この数をものともしない。「ネウボラは100年余りの歴史があり、初期の頃は保健師が極寒の冬でも家庭訪問しながら支援してきました。私はネウボラに誇りを感じます」。こう語るのは、ヘルシンキ北地域のネウボラ保健師長、エルヤ・フットゥネンさん。保健師には、母子の命を守ってきた歴史、伝統に裏打ちされた情熱がある。

 ネウボラの目的について、フットゥネンさんは、「妊婦や子供の家族に対して必要な情報、アドバイスを行い、出産に向け、そして育児に関して不安なく希望を持てるように支援することだ」と強調した。

 このため、妊婦や赤ちゃんの定期検診による健康状態のチェックのみならず、妊婦やその家族の話を聞いたりアドバイスを行う。6カ月目には6家庭が集まって親同士で育児について懇談するグループ・ネウボラの場が提供される。

 「赤ちゃんの睡眠状態、食事など発育状態の話が中心で、保健師が必要に応じて話をします。ソーシャルワーカーも参加して話を聞き、必要ならアドバイスします」(フットゥネンさん)という具合に、専門家を交えて親同士で話し、不安や孤立感を解消し、育児ストレスの発散にも一役買っている。

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ウボラ検診を受けに来たお母さんと赤ちゃん

 子供が幼稚園に行くようになると、担当の保健師は、幼稚園に行き様子を観察したり、先生から様子を聞いて幼稚園での子供の様子を把握する。保健師は1人が同じ家族を担当するので家族のような存在ともいえよう。

 わが国では児童虐待の増加が深刻な問題になっているが、フィンランドでの発生率は低い。児童虐待防止について、フットゥネンさんは「ネウボラ制度が役立っている部分はあると思います。 ネウボラでは基本的に、すべての妊婦から就学前までの子供を観察できます」と語った。

 しかし、フットゥネンさんによれば、子供の身体の状況などを把握することは簡単だが、「夫婦の問題、親自身の問題、例えばアルコール依存症や薬物の問題などは親自身の方からは話そうとはしないので難しい」と指摘した。

 「長期にわたって保健師がその家族を担当するので、信頼関係を築く中でしか、そのような話、相談は出てこない」というのだ。問題があればまず保健師が話をし、それでも心配な場合はソーシャルワーカーなどに連絡を入れ、その当該家族に関する懸念を伝えることはあるという。 ネウボラセンターを拠点とした人々の繋(つな)がりこそが児童虐待を防止する安全網だと言えよう。