フランス、再びテロの脅威に直面
昨年11月に非常事態宣言を解除したフランスで、再びテロ事件が起きた。フランス南部でイスラム過激思想に傾倒するモロッコ人の若者が警官を含む4人を殺害し、多数を負傷させ、フランスは再びテロの脅威に晒(さら)されている。過激思想の拡大を防ぐ、新たな対策を打ち出す政府だが、根深い社会問題は改善されていない。
(パリ・安倍雅信)
人質の身代わり大佐を国葬に
移民系若者の苦境改善進まず
フランス南部のカルカソンヌの郊外で先月23日に起きたテロ襲撃事件で、容疑者のモロッコ人に殺害された治安部隊の警察官、アルノルド・ベルトラム大佐(死後、中佐から大佐に特進)の国葬が28日にマクロン大統領および主要閣僚出席の下で執り行われ、世界中の仏大使館も半旗を掲げた。
同中佐は、スーパーで容疑者の人質となったレジ係の女性の身代わりとなった後に殺害された。その勇気ある犠牲的行動を称賛する声が上がる一方、テロを引き起こしたイスラム聖戦思想に傾倒する容疑者と、犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)への怒りが国民の中に広がっている。
その怒りは、テロの起きたカルカソンヌで顕著に表れ、事件時に治安部隊に射殺された容疑者の埋葬に対して、同市市長が同地での埋葬を拒否する発言を行い、埋葬しないように求める署名が、7000人を超えた。
同事件では、23日午前10時頃、モロッコ生まれのラドワン・ラクディム容疑者(25)が車を強奪し、ランニング中の警官らに車で突入を試みた後、発砲し、その後、「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら店内に乱入し、食肉売り場のチーフや客の1人を殺害し、逃げ後れたレジ係の女性1人と立てこもった。
コロン仏内相によれば、駆け付けた特殊部隊のベルトラム中佐が女性の代わりに人質になるよう申し出て受け入れられ、女性客は解放された。その後、3時間にわたり交渉が続いたが、店内で発砲音が聞こえたため、特殊部隊が突入し、犯人は射殺され、重傷を負った中佐は23日夜に病院で死亡が確認された。
ラクディム容疑者はベルトラム中佐に対して、2015年11月に起きた130人が犠牲となったパリ同時テロ実行犯で唯一の生存者、サラ・アブデスラム被告の釈放を要求したことが確認されている。同被告の公判が先月始まったばかりだった。
同被告は、16年3月に起きたベルギー・ブリュッセルの国際空港と地下鉄で起きた爆弾テロへの関与も疑われており、裁判開始とともに報復テロや釈放要求のテロが起きる可能性が指摘されていた。その矢先に起きたテロだった。
仏検察当局のモランス判事によると、容疑者はモロッコ生まれのラドワン・ラクディム容疑者(25)で、国内治安総局(DGSI)の監視リストに載っていた人物だった。カルカソンヌのオザナム地区にある低所得者向け集合住宅で両親と生活しており、同棲していた女性が協力者として逮捕された。
容疑者は麻薬密売者と知られており、10年には暴行傷害、11年は武器の所持、14年は警察官に対する侮辱、16年は麻薬関連の事件、17年には武器の違法所持で逮捕歴がある。
DGSIの監視リストには、広範な過激派の疑いがある人物の「Sファイル」とテロの脅威に繋(つな)がる判定を受けた人物のテロリスト過激化防止ファイル「FSPRTファイル」がある。ラクディム容疑者は、14年5月に「Sファイル」に、15年9月にIS構成員との接触があったとして「FSPRTファイル」に加えられた。
しかし、同容疑者の監視を続けた結果、単独でテロを実行する可能性は低いとみられていた。「FSPRTファイル」に掲載されている人数は、今年2月2日時点で計1万9745人とされ、いったんファイルに掲載されると5年間は保存されるため、全員が継続的に監視されているわけではなく、その人数は当局の監視能力を遥かに上回っている。
実際に今回の容疑者はファイルに載っていたにもかかわらず、未然にテロを防ぐことはできなかった。14年以降にフランスで起きたテロ攻撃の60%は、ファイルに載っていない人物だったとされている。
23日のテロ事件に続き、フランス南東部グルノーブルでは 29日、兵舎付近でジョギングをしていた兵士らに車で突入しようとした疑いで男が拘束される事件が起きている。これらのテロの温床となっている移民系の若者の境遇は未(いま)だに変わっていない。
社会的差別と貧困に苦しむ移民系の若者が、学校でも社会でも理解されず、将来に希望を持てず聖戦過激思想が浸透していく土壌は今も存在している。彼らがいつテロリストに変貌してもおかしくない現状は改善されていない。