フランシスコ法王就任から5年、病める教会の回復の道まだ遠く
アルゼンチンのブエノスアイレス大司教だったホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿がペテロの後継者、第266代の法王に選出されて3月13日で5周年を迎えた。南米初のローマ法王フランシスコの過去5年間でバチカンは変わっただろうか。
(ウィーン・小川敏)
「非中央集権化」では成果も
5年前のコンクラーベ(法王選出会)を少し振り返る。
コンクラーベは5回目の投票で新法王を決定した。システィーナ礼拝堂の煙突から白い煙が出て新法王の選出が明らかになると、広場で待機していた市民や信者たちから大歓声が起きた。ローマ法王が南米教会から選ばれたのは初めて。欧州以外からはシリア出身のグレゴリウス3世(在位731~741年)以来の出来事だった。
法王選出会開催前の準備会議(枢機卿会議)でベルゴリオ枢機卿が「教会は病んでいる」と爆弾発言をし、その内容が多くの枢機卿の心を捉え、南米教会初の法王誕生を生み出す原動力となった。
ベルゴリオ枢機卿は、「自己中心的な教会はイエスを自身の目的のために利用し、イエスを外に出さない。これは病気だ。教会機関のさまざまな悪なる現象はそこに原因がある。この自己中心主義は教会の刷新のエネルギーを奪う」と主張。そして最後に、「二つの教会像がある。一つは福音を述べ伝えるため、飛び出す教会だ。もう一つは社交界の教会だ。それは自身の世界に閉じこもり、自身のために生きる教会だ。それは魂の救済のために必要な教会の刷新や改革への希望の光を投げ捨ててしまう」と述べている。
フランシスコ法王が就任した5年前、世界のカトリック教会の状況は非常に深刻だった。2010年から聖職者の性的虐待事件が次々と発覚し、教会の信頼は地に落ちた。その直後、法王の執務室から法王宛の書簡や内部文書が流出するといった通称バチリークス事件が発生、同時に、バチカン銀行の不正問題がメディアに報じられるなど、文字通り、バチカンは満身創痍(そうい)だった。聖職者不足、信者の教会離れが加速し、教会運営が厳しい教会が増えていた。76歳の新法王が取り組まなければならない問題は山積していた。
あれから5年が経過する。
フランシスコ法王は病気の教会を治療しただろうか。法王に就任した時が57歳で「空飛ぶ法王」と呼ばれたヨハネ・パウロ2世(在位1978年~2005年)とは比較できないが、76歳でペテロの後継者となったフランシスコ法王は今年に入っても南米のチリとペルーを訪問するなど、就任以来22回の外遊を果たしている。南米出身の法王は気さくで、どこへ行っても話題を提供し、人気がある。「外に飛び出し」たことは確かだ。まだ評価は定まらないが米国とキューバの国交正常化やコロンビアの共産ゲリラの内戦終結、イスラム過激派のテロに見舞われたエジプトのコプト(キリスト教)慰問とイスラムとの対話など法王の現実的関与が目立っている。
フランシスコ法王はバチカンの機構改革を進めるため地域別に選出された9人の枢機卿からなる枢機卿会議(G9)を創設している。G9はバチカン最高意思決定機関となった。
その間も聖職者の未成年者への性的虐待事件は後を絶たない。フランシスコ法王が新設したG9メンバーの一人、財務局長官のジョージ・ペル枢機卿は出身地のオーストラリアのメルボルンの検察局から未成年者への性的虐待容疑を受け、現在、公判中、といった具合だ。
フランシスコ法王の5年間の最大実績は、2016年4月、婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」を発表し、その中で「離婚・再婚者への聖体拝領問題」について、「個々の状況は複雑だ。それらの事情を配慮して決定すべきだ」と述べ、聖体拝領を許すかどうかの最終決定を現場の司教の判断に委ねたことだろう。
これは画期的な改革だ。バチカン主導の中央集権体制から脱皮し、世界各地の教会の司教会議に権限を譲る非中央集権化への大きな前進を意味するからだ。
教会の現在の停滞はバチカンの中央集権体制が最大の原因といわれる。フランシスコ法王はその体制を変えようとしているわけだ。法王曰(いわ)く「聖霊はローマ(バチカン)だけに働くのではない」ということだ。
今年12月に82歳となる高齢フランシスコ法王に多くを期待することは酷かもしれないが、ローマ・カトリック教会は聖職者不足、信者の脱会増加など、教会内で多くの問題を抱えている。教会が失った信頼を回復し、信者たちの精神的支柱とならない限り、カトリック教会、特に欧州教会はその影響力を急速に失っていくだろう。
欧州のキリスト教会の衰退を尻目に、中東・北アフリカから難民が殺到、イスラム教が北上し、その勢力圏を拡大してきている。