深刻なロング・コビッド症候群
コロナ禍が社会を二分
旧ソ連・東欧共産政権時代や新型コロナウイルスの発生地・中国ではワクチン接種を義務化することに大きな困難はないが、国民の自由を尊重する欧米社会ではワクチン接種の義務化は国民の抵抗もあって久しくタブー・テーマだった。人間の最も基本的権利と言うべき「自由の尊重」が新型コロナウイルスなどの感染症対策では大きな障害となっていることは事実だ。
独週刊誌シュピーゲル(10月23日号)でシンガポール出身者で著名な政治学者キショレ・マブバニ氏は「なぜ中国と東アジア諸国はコロナ対策で西側諸国より成功しているか」というテーマで問い掛けている。ここで浮かび上がる問題は、自由を至高の価値とする欧米社会と、社会の平和と安定のためには一定の規制、統制は避けられないと考えるアジア人の人生観、世界観の相違だと指摘していた。
興味深い点は、新型コロナのワクチン接種問題では、科学者たちが英知を挙げて製造したワクチンに対し、「遺伝子を変える危険性がある」などのフェイク情報が氾濫し、コロナウイルスが猛威を振るっていてもワクチン接種を拒否する人々が出てきたことだ。「科学」への不信だ。
欧州社会ではコロナ感染初期、新型コロナウイルスを「深刻な感染症」としてシリアスに受け取る派と、「毎年繰り返されるインフルエンザと同じ」として楽観視する人々で二分された。同時に、高齢者と若い世代間の世代の分裂が見られだした。各国政府はコロナ規制を強化する一方、高齢者の感染防止のために若い世代に連帯を求めてきた。同時期、経済格差の拡大、失業者の増加が進行した。そしてコロナ感染2年目の昨年、ワクチン接種者と未接種者間の対立が先鋭化してきた。
オーストリア政府は、ワクチンの接種義務化を2月1日から実施すると宣言した。感染力と致死率が高いコロナウイルスのパンデミック感染症から社会を守るという点で接種の義務化は急務だが、ワクチン接種反対者を説得するのは容易ではない。その問題は感染症対策ではないからだ。彼らはワクチンの有効性や安全性を問題にしているように装っているが、実際は人間不信と政治不信を持つ人々だからだ。その意味で、非常に古典的なテーマだ。
一方、ロックダウンは若い世代に大きな痕跡を残してきている。長期化するコロナ規制下で精神的、心理的ダメージを受ける世代は若い層に多いことだ。それも非社交的で閉鎖的な人より社交的で人付き合いのいい人の方が大きな精神的ストレス下に置かれ、不安や失望感などの心理的症状が出てきている。
精神・心理療法の専門家は、「コロナ感染者でもない者が長期のコロナ規制下で心理的圧迫感などからパニック症状を起こし、日常生活ができなくなる人が出てきている」と指摘している。通称「ロング・コビッド症候群」と呼ばれている内容だ。特に、スクールロックダウン(学校閉鎖)で長期間Eラーニングを強いられてきた若い世代への精神的ケアが急務となる。欧州の教育界では「コロナ世代」と呼ばれ、学校教育が十分受けられず、学力が低下する世代だ。
コロナ回復者に見られる後遺症として、呼吸困難、倦怠(けんたい)感、胸痛、臭覚障害、味覚障害,痰嗽(たんそう)などだ。回復後、数カ月続き、長い人では半年以上、さまざまな症状に苦しめられ、職場に復帰できない人も出てくるだけではなく、日常生活にも支障を及ぼす。問題は、回復者のそれらの症状を監視し、必要な治療を提供できる医療体制、専門家が少ないことだ。
ワクチン接種が広がり、社会が集団免疫を実現するまでまだ時間がかかるだけに、ロング・コビッド症候群への社会の理解が求められてきている。
(ウィーン 小川 敏)