義務化で深まるワクチン対立 欧州


反対派 医療関係者まで標的

 オーストリア政府が新型コロナウイルス感染防止対策のためワクチン接種を2月1日から義務化する方針の中で、ワクチン接種の義務化を支持する国民と、それに反対する国民の間の亀裂は一層深まってきた。ドイツやフランスなど欧州の周辺国でも同様にワクチン対立が強まっている。
(ウィーン・小川 敏)

12月9日、ウ-ィ-ー-ン-に-あ-るオーストリア最大のワクチン接種センター(小川敏撮影)

 昨年12月11~12日の週末、首都ウィーンで極右政党「自由党」主催のワクチン接種義務化に対する抗議デモ集会が開催された。警察側の発表によると、約4万4000人が寒い中、市内を抗議行進した。第2の都市グラーツでも約2万人、インスブルックでは約6000人が抗議デモに参加したという。

 外出制限やFFP2マスクの着用義務などのコロナ規制が実施されて以来、オーストリア社会は規制反対派と支持派に分裂してきたが、11月19日にシャレンベルク首相(当時)がワクチン接種の義務化を表明してから、抗議デモはさらに過激化してきた。

 反対派のターゲットは政府、保健省だけでなく新聞社やメディア関係者、コロナ患者を治療する医療関係者、看護師までも攻撃されるケースが増えてきた。そのため、警察は病院周辺を警備するなどの対策を実行している。

 ウィーンのメトロ新聞(12月17日付)はテレビ出演で著名なチロル州のウイルス学者が、「外出する際はカツラを着ける」という話を掲載していた。同学者の説明によると、「自分は新規感染者が増加しているので、チロル州もロックダウンを早急に実施すべきだと発言したことがあった。それ以後、脅迫メールなどが送られてきた。ウイルス学者という職業が襲撃の対象となるとは考えてもみなかった」と語っている。

 ウィーンの免疫学者、ワクチン専門学者も同じように中傷誹謗(ひぼう)を受けた体験をしている。オーバーエステライヒ州では病院関係者が自身の立場を訴える集会を昼休みの時間に開いた後、再び仕事に戻ろうとした時、ワクチン反対派が看護師たちにコーヒーを掛けた。一部の学者は家族と自己防衛のために銃を購入したという話も報じられた。

 ちなみにドイツ警察は12月15日、ワクチン接種反対派の活動家が独東部ザクセン州のミヒャエル・クレッチマー首相暗殺計画を練っていたのを阻止したと発表。ドイツでも接種義務化が大きな問題となってきたことを受け、反対派の活動は過激化している。フランスでも接種義務化の動きとともに、反対デモが活発になっている。

 欧州でのワクチン接種の義務化では、「ワクチンを強要することは国民の自由を制限する」として、国民の抵抗はやはり強い。シャレンベルク氏の義務化宣言以来、反対者から「ワクチン独裁だ」といった声が聞かれる。義務化反対派はここにきてその怒りをコロナ感染者を治療する医師や看護師、ワクチン接種をアピールするウイルス学者に向けてきた。一種のスケープゴートだ。

 その一方、12月19日夜、ウィーン市のリンク通りにはコロナウイルスの感染で亡くなった約1万3400人を追悼するとともに、コロナ患者の看護に従事する医師、看護師、奉仕活動家などに感謝を表明する「光の鎖」のイベントが行われた。警察側の発表では3万人の市民がランプやスマートフォンの光をともして参加した。「光の鎖」に参加した一人のウィーン市民が、「コロナ規制に反対する抗議デモ集会が頻繁に行われ、一部過激化しているニュースを見聞きすることが多いが、大多数のウィーン市民はコロナ禍で助け合い、連帯している。その姿を見せたいと思った」と述べていた。

 ワクチン接種拒否者からは、「ワクチン接種は、不自然な化学物質を体内に入れることになるので、健康を悪化させる」、「若い女性はワクチン接種をしない方がいい。将来子供が産めなくなる」、「世界の製薬大手会社がワクチン接種を推進させるために感染防止のワクチンの有効性をフェイク情報で流している」、「政府はコロナ感染を操作し、国民に不安を駆り立てている」などの声が聞かれる。

 このような反対派の批判に対し、シャレンベルク氏は「社会の少数派ともいうべきワクチン接種反対者が多数派のわれわれを人質にし、社会の安定を脅かしている。絶対に容認できない」と表明した。

 ワクチン接種の義務化という最後のカードを切った政府に対し、コロナ規制反対派は危機感を強めて全面闘争に入ってきた。それを横目で見ながら、直径100ナノ(10億分の1)メートルのコロナウイルスはその牙をさらに研ぎ澄ましてきている。