米英豪同盟で試練に立たされる仏

米国に“原潜”注文取られ インド太平洋戦略に狂い
どうなる利害・地域貢献

 オーストラリアがフランスとの通常動力型潜水艦開発の大型契約を破棄し、米国から原子力潜水艦の技術提供を受ける決定をしたことに対し、フランスと欧州連合(EU)が強い懸念を表明した。フランスは外交防衛戦略の軸足をインド太平洋地域に移していただけにその衝撃は大きく、試練に立たされている。(パリ・安倍雅信)

オーストラリア海軍の潜水艦のデッキに立つマクロン仏大統領(左から2人目)と当時のターンブル豪首相(中央)ら=2018年5月、シドニー(AFP時事)

 米英豪は先月、中国の脅威を念頭にインド太平洋地域の安全保障に特化したパートナーシップ「AUKUS(オーカス)」創設を発表した。同時に、豪州はフランスとの370億ドル(約4兆1000億円)に上る潜水艦12隻の開発契約を破棄し、米英の技術による原子力潜水艦8隻の建造を決定した。

 ルドリアン仏外相は「後ろから突き刺された」と怒りを表現。マクロン仏大統領は抗議のために駐米、駐豪大使を召還し、さらにバイデン米大統領と電話会談を行った。駐米大使は戻ることになったが、事態は収まっていない。

 EUのフォンデアライエン欧州委員長は、10月に再開予定だった豪州との自由貿易協定(FTA)交渉の1カ月延期を発表した。ただ、欧州委員会のスポークスマンは「誰かを罰する」ための延期ではないと主張し、交渉延期は「準備不十分」を理由に挙げた。

 欧州メディアは「EUはオーカス合意の影響を分析中」と指摘し、今年6月のFTA交渉後、欧州委員会は「将来の合意のほとんどの分野で交渉が進んだ」と述べていた。延期の理由が準備不足というのは表向きとみられている。

 英国がEUから離脱したことに伴い、EUで原潜保有国はフランスのみになった。英国際戦略研究所(IISS)によれば、原潜保有6カ国のうちフランスは5番目の8隻にとどまっている。

 原潜の重要性は高まる一方だが、EUの軍事プレゼンスは低下している。アフガニスタンからの外国軍撤収の混乱を受け、米国が圧倒的権限を持つ北大西洋条約機構(NATO)に対するEUの不信感が、欧州防衛軍の本格的議論に拍車を掛ている状態だ。

 一方、他のEU加盟国がロシアの脅威を念頭に安全保障政策が練られているのに対し、フランスはインド太平洋地域に軸足が動いている。理由はフランスが掲げる多国間主義と同地域に置かれたフランスの現実にある。

 インド太平洋地域には、ポリネシアなどフランスの準海外県などが存在する。その総人口は165万人で、フランスの排他的経済水域の93%はインド洋と太平洋にある。さらに同地域には約15万人のフランス人が居住し、7000社以上と推定される仏企業の子会社が存在するほか、8300人の仏軍兵士が配備されている。

 仏外務省は、公式サイトで「世界経済の重心はインド太平洋地域に移っている。金融・世界経済に関する首脳会合(G20)のメンバー6カ国が同地域に存在し、同地域を横切る海上貿易ルートが重要さを増している」との認識を示した。

 マクロン氏は2018年5月、インド太平洋地域の法と秩序を脅かす覇権主義の脅威に立ち向かう意思を強調。19年には国防省がインド太平洋に関する防衛戦略を打ち出し、日本、豪州、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国とのパートナーシップ強化を表明した。

 EUの中で、フランスはインド太平洋地域で最も利害関係を持ち、同地域での貢献を新型コロナウイルス禍以前に明確に打ち出していただけに、米英豪のオーカス協定、潜水艦開発契約破棄は、憤りを持って受け止められている。さらに自由で開放的、包括的なインド太平洋地域の維持を目的とするフランスの防衛戦略は、EUも採用する概念となっていた。

 ジョンソン英首相は、オーカスは「排他的なものではない。友好国との関係は変わらない」と述べたが、関係国と十分な話し合いを行った形跡はないと、仏メディアは伝えている。