ムハンマド風刺画に反発か 風刺紙旧編集部近くでテロ  フランス

聖戦主義に影響される若者

 現在、フランスで公判中の風刺週刊紙シャルリエブド編集部襲撃事件の裁判の最中、当時、同編集部が入っていた建物前でテロ事件が発生。裁判の争点であるイスラム教創始者ムハンマドの風刺画のメディア掲載に強く反発する仏国内外のイスラム過激派が、フランスへのテロ攻撃を呼び掛けている。
(パリ・安倍雅信)

5日、パリのシャルリエブド旧本社付近で、負傷者を運ぶフランスの消防隊(AFP時事)

25日、パリのシャルリエブド旧本社付近で、負傷者を運ぶフランスの消防隊(AFP時事

 パリ市内の路上で25日、2015年1月に銃撃事件が起きた仏風刺週刊紙、シャルリエブド旧編集部が入っていた建物前で、男女2人が大型刃物を持った男に襲われる事件が発生した。被害者は重傷を負ったが一命は取り止め、実行犯の男を含む7人が逮捕され、捜査当局はテロ事件として捜査を進めている。

 襲撃は、今月2日に始まった2015年に起きたシャルリエブド襲撃事件の裁判と深く関係しているとみられる。

 今回の裁判に合わせ、シャルリエブド紙は表現の自由を主張するため、ムハンマドの風刺画を再度掲載した。これにはフランス国内のイスラム穏健派も反発している。さらにマクロン仏大統領が「(信仰)冒涜(ぼうとく)もメディアの表現の自由で保障されるべき」との見解を示したことが波紋を呼んでいる。

 同件に関しては、非営利のネット監視団体「反過激派プロジェクト」の情報で、今月の公判前に過激派組織アルカイダのイエメン分派と関連のあるメディアグループが、風刺画に対抗してフランスでの攻撃を呼び掛ける声明を出したことが明らかになっている。

 プリュミエール・リンTVは、リベラル系調査報道専門の制作会社だ。公共TVフランス2でも特集番組の制作に関わっている。今回のテロの標的が同社だったかは捜査中だが、シャルリエブド襲撃事件の現場は過激派にとってテロの聖地という意味合いも持つ。

 シャルリエブド編集部襲撃事件で殺害された編集者やイラストレーターには極左、無政府主義者など宗教を完全否定する思想の持ち主が多く、過去にはムハンマドだけでなく、ローマ・カトリック教皇を冒涜する風刺漫画も何度か掲載されている。2015年1月の事件当時、同紙はフランスがイスラム化する危機感を風刺画で表現した。

 フランスは1789年の大革命以降、政教分離が進んだだけでなく、宗教、特にカトリック信仰に対する侮辱や冒涜を犯罪としない欧州で最初の国となった歴史を持つ。パリ政治学院の政治神学者アナスタシア・コロシモ教授は、「反宗教主義あるいは無神論者は、フランスではますます攻撃的になっている」と指摘している。

 北アフリカ・マグレブ諸国から受け入れたアラブ系移民が人口の1割を超えるフランスでは、彼らが持ち込んだイスラム教が勢力を伸ばしている。同化はうまくいかず、社会に亀裂が生じ、差別と貧困に苦しむ移民系の若者はイスラム聖戦主義に影響されやすい環境にある。

 フランスでは2012年3月にイスラム聖戦主義に傾倒する移民系の若者のメラ容疑者が、フランス南西部トゥールーズ周辺で仏兵士やユダヤ人学校を次々に襲撃するテロが発生して以来、テロが頻発した。15年11月のパリ同時多発テロ以降、政府による非常事態宣言が17年10月まで続いた。

 今年4月にはフランス南東部の町で白昼、スーダン難民の男が刃物を振りかざし数人を襲い、2人を死亡させた事件が発生した。国家テロ対策検察当局(PNAT)が「テロ計画に関連する殺人」事件と断定した。

 フランスは、過激派組織「イスラム国」(IS)のシリア・イラクの戦場に最も多くの戦闘員が渡った。フィガロ紙が仏内務省に行った調査によれば、フランスの刑務所にはテロ関連で有罪判決を受けた受刑者が約500人おり、刑務所内で聖戦主義に新たに感化された受刑者は1000人に上ると推定されるとしている。

 さらに18年と19年に刑期を終えて釈放されたテロ関連受刑者は40人に上り、今年末までに40人が釈放予定だという。22年までには200人以上のテロ犯罪受刑者が刑期を終え、釈放される見通しだ。一方、シリアやイラクからも仏国籍の現地収監者が帰国している。

 パリ控訴院のテロ対策部門の弁護士トップのルドルフ氏は「収監中に受刑者が聖戦主義から完全に脱する保証はない」と警告している。過激派組織にとって、シャルリエブド裁判は、イスラム聖戦主義の流布と過激なテロ実行を画策する恰好の材料となっている。