一帯一路は中国覇権への道
習近平新体制と東アジア危機
東京福祉大学国際交流センター長 遠藤 誉氏
中国問題に詳しい遠藤誉氏(東京福祉大学国際交流センター長)は10月25日、世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良・近藤プランニングス代表取締役)で「習近平新体制と東アジア危機」と題し講演し、中国のユーラシア経済圏構築に動く一帯一路構想に対し、「日本の関与は中国の世界制覇に手を貸すだけで危険だ」と警鐘を鳴らした。以下は講演要旨。
軍事強国化に手を貸すな
腐敗の根源は一党支配
今回の共産党大会で、党規約に「習近平新時代中国特色社会主義思想」と入った。第1期の終わりに個人の名前を付けた思想が入るのは初めてのこと。

えんどう・ほまれ 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』『毛沢東 日本軍と共謀した男』など多数。
ただ憲法で国家主席、国務院総理は1期5年、最大2期の規定がある。どんなに習近平氏が長期政権をつくろうと思っても、憲法を改正しない限り国家主席にはなれない。ただし、総書記に関しては制限はないが、習氏がこの5年の間に、憲法改正に手を付けるかどうか、注目点の一つだ。
また、江沢民氏や胡錦濤氏、習氏の3代の赤い皇帝に仕え、政界入りに関心がなかった王滬寧氏(中共中央政策研究室主任)を最終決定機関であるチャイナセブン(政治局常務委員)に入れたことは、一党体制が揺らぐ危機意識があり、そばに置いておかないとやっていけないとの思いがあった。
中国は一党支配体制を敷いたことで底なしの腐敗を招いた。習近平政権は第1期の5年間で200万人を汚職で逮捕した。大変なスケールだ。
これを権力闘争というが、真っ赤な嘘だ。この問題を矮小化(わいしょう)すると中国が見えなくなる。闘争している相手は、腐敗そのものだ。
鄧小平氏は、金儲けしてもいいとしたことで、許認可権を握る党が腐敗していった。習氏とすれば、ラストエンペラーとなって、自分が権力を掌握し、何とかするしかないと思ったのだ。
その腐敗のトップにいるのは江沢民氏だった。習氏を総書記に推した長老だ。
今回の共産党大会開会式では、習氏は何とか江氏に話し掛けようとして5回、顔を向けた。だが江氏は、その度に顔を背けた。
そして習氏は、意を決し江氏にどうでもいいような話をした。それで、江氏逮捕はないと世界に知らしめたと私は解釈した。
ただ腐敗を根源的に解決しようと思えば、民主化して一党支配体制をやめればいいだけの話だ。その意味では腐敗一掃はそもそも一党支配ではできず、自己矛盾がある。
1950年6月に始まった朝鮮戦争は、1953年7月の板門店で締結された休戦協定で、3カ月以内に他国軍は撤退となっていた。
それで中国とソ連は撤退したが、米軍は撤退しなかった。李承晩大統領が米国に要請しワシントンで結ばれた米韓軍事同盟で、在韓米軍が居残った。
北朝鮮は危ないならず者で、放置するわけにはいかないが、もともとの原因は休戦協定違反の米軍にあることは知っておく必要がある。
ただ、中国は緩衝地帯としての北朝鮮は認めるが、核保有には反対だ。北朝鮮が核を持てば、韓国が持つようになり、周りを核保有国に囲まれる形になる日本も核を持つようになることを懸念しているからだ。とりわけ、日本にどんなことがあっても核保有させたくないのが中国だ。
また、北朝鮮がグアムなどを攻撃し米が反撃すれば中国は中立を維持するとしながらも、一たび米軍が38度線を越えて北へ進攻すれば、中国は直ちに必要な軍事介入をする。中国は緩衝地帯がないまま米軍と直接、接する状況は絶対許さない。
なお、北朝鮮が軍事大国化し南北統一した場合も中国には都合が悪い。吉林省には朝鮮族の自治州である延辺朝鮮族自治州がある。朝鮮族には、故郷に帰りたいという民族的なノスタルジーがある。
朝鮮族が何らかの形で独立ということになれば、大変なことになる。ウイグルも独立、チベットも独立、次々に少数民族が独立していく。
中国には56の民族があって、55の少数民族がいる。これらが次々に独立すると中国の一党支配体制は一瞬にして崩壊する。
だから北朝鮮の巨大化を警戒しているのが中国だ。小国のまま緩衝地帯にいる方が、中国にはよほど都合がいい。だから今の金正恩朝鮮労働党委員長を許せないのが習氏だ。
習氏はトランプ米大統領と馬が合うところがある。
共産党大会開会式の10月18日、ミサイル発射があるとの観測もあったがしなかった。北朝鮮はミサイル発射を控えている。
中国はレッドラインを敷き、この日に北朝鮮がやったら、中国が北朝鮮を攻めると威嚇した。だから北朝鮮は怖くてできない。米と中国がタイアップして北朝鮮を攻撃するかもしれないからだ。
トランプ大統領が訪中する。その前に北朝鮮が暴走したら、蜜月関係のトランプ大統領と習近平氏は、その場で密約を結ぶ可能性がある。そのぎりぎりのところでせめぎ合っている状態だ。
従って、北朝鮮の新たな核実験やミサイル発射はないと考えていい。
中国の一帯一路は、中国に世界制覇をさせるだけで危険なことだ。財界はそうとは思っていないが、中国の軍事強国に手を貸すだけだ。
1991年12月にソ連が崩壊し、92年2月に中国は、尖閣も中国領土だとする領海法を制定した。日本がこの領海法に反対していれば、今日の尖閣問題はなかった。
92年、天皇は江氏の強引な招聘(しょうへい)により中国を訪問した。そのお蔭(かげ)で中国は、89年6月4日に起きた天安門事件以後の西側諸国による経済封鎖を徐々に解くことができた。その意味では、今の経済大国をつくったのは日本だとも言える。米国も中国を支援した方が、民主化するかもしれないと思った。
中国が強くなることによって、ますます言論弾圧が強化されている。ノーベル平和賞を受賞した劉暁波さんのような人が、ああいう亡くなり方をした。言論弾圧する国に対して、民主化運動を一生懸命やろうとしている少数の中国人民がいる。
この人たちは、一部は中国にいて、すぐ逮捕される。それでも何とか工夫して逮捕されたり釈放されたりしながら、民主化運動を続けている。
あるいは欧米に亡命して、民主化運動を中国にいる人たちに対して呼び掛けるというようなことをやっている。
中国現政権を肯定することは、民主化運動で苦しんでいる中国人を見捨てることになる。
一帯一路で中国は日本へ協力を要求しているが、中国を覇者にさせるだけだ。日本は1992年の愚を繰り返してはならない。
私は中国の長春で、何十万人という飢死体の上で野宿して記憶喪失に陥り、そういう中で這い上がってきた人間だ。
その詳細を書いた私の「卡子」(チャーズ)という本を中国では絶対、出版させない。やむなく台湾で出版し、今はアメリカで出版している。中国の言論弾圧が、どれだけ激しいものであるか身に染みて感じている人間の一人だ。
近著の「毛沢東 日本と共謀した男」では、毛沢東が日本軍とタイアップしながら巨大化していった歴史的事実を書いた。
日本軍と勇敢に戦ったのは決して共産党軍ではなかったいうことを中国に突きつけ、あるいは国際社会に知らしめることによって、言論弾圧を伴った中国の一方的な膨張路線や覇権主義を食い止める力になりたいと思い、最後の力を振り絞りながら発信している。