台頭するか自衛隊出動論
どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(5)
20XX年、平壌で騒乱が発生し、北朝鮮は無政府状態に陥った。北朝鮮の安定化と人権保護に向けた国連決議を受け、米国を中心とする多国籍軍が平和構築活動を開始。わが国では憲法が改正され、自衛隊による邦人救出のための法整備もなされていた。やがて日本人がいるとの情報が入り、過去に北朝鮮によって拉致された被害者であることが判明。国際協力には限界もあり、政府は単独での作戦遂行を決し、自衛隊に救出を命じた…。これは、元自衛官らで構成される民間団体「予備役ブルーリボンの会」が今年2月、都内で開催したシンポジウムで発表した自衛隊による拉致被害者救出のシミュレーションだ。
北朝鮮からの調査結果の報告が延び延びにされ、日本では拉致被害者救出という目標が遠ざかっていくような失望感が広がり始めていた。「イスラム国」による邦人殺害事件が起こり、海外での邦人救出というテーマが改めてクローズアップされた時期でもある。昨日は集団的自衛権の行使を可能にすることを盛り込んだ安全保障法制の関連法案が、与党協議合意を経て閣議決定された。
「拉致解決に向け、自衛隊の役割にアプローチしていける環境が少しずつ出来上がってきているという認識はあった」
シミュレーション作りに当たった一人、同会幹事で陸上自衛隊特殊作戦群の初代群長を務めた荒谷卓氏はこう述べる。
実際に自衛隊が北朝鮮にいる拉致被害者の救出に動くには、幾つもの課題がある。まず、そうまでして助けなければならないという「世論形成」、法律によってがんじがらめになっている自衛隊を動けるようにする憲法改正をはじめとする「法整備」、実戦に慣れていない自衛隊員の「意識改革」、そして犠牲者が出ることや予想される米国や韓国の反対などを政治がどこまで覚悟できるかという「リスク負担」である。このうち最も難しいとみられているのが政治のリスク負担だ。
「これだけの規模を持つ自衛隊なら、やれと言われれば相応の準備をするだろう。問題は自衛隊、相手側、場合によっては拉致被害者の一部にも犠牲者が出るというリスクを自衛隊だけに押し付けるのではなく、政治がどこまで共有できるかということにある。自衛隊が北朝鮮で動くというだけで周辺国に警戒感や危機感を抱かせてしまうのも大きな政治リスクだ」(荒谷氏)
もともと上記のシミュレーションは、国会議員を対象に説明することを想定していたという。これまでこの種のテーマはタブー視されてきた。防衛省も拉致問題のブリーフィングをするということは考えられなかった。自国民保護に軍隊を出動させることが当たり前のように行われる欧米諸国とは明らかに異なるのが日本だ。
北朝鮮による拉致の可能性がある行方不明者の問題に詳しい荒木和博・特定失踪者問題調査会代表は、こんなエピソードを紹介した。
「もう何年も前になるが、当時の官房長官が国会質疑で拉致被害者をどう連れ戻すのかという質問に『話し合いで相手が分かりましたと言えばできる』と答えた。これは『連れ去ったらあとは煮て食おうが焼いて食おうがお好きなように』と言っているようなもので、政府の方針はこの程度でしかないのかと疑ってしまった」
そして拉致問題解決の遅れについてはこう断じた。
「米国が共有する安全保障問題が日本の安全保障問題であり、日本独自の安全保障問題は存在しないという戦後体制にこそ根本的な問題がある」
(編集委員・上田勇実)






