錯綜する韓国発「生死」情報
どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(4)
昨年10月末、膠着(こうちゃく)状態に陥り始めた拉致問題をめぐる日朝交渉が中断されるという最悪のケースを回避し、事態打開を模索するため日本政府代表団が平壌を訪れ、「拉致問題が最優先課題」であることを改めて強調した翌週、韓国大手紙・東亜日報の1面トップにショッキングな見出しが躍った。
「めぐみ、北の薬物過多投与で死亡」
同紙は、北朝鮮に拉致された韓国人被害者の家族を代表する崔成竜・拉北家族会代表が日本の拉致問題対策本部の職員3人と共に、日本人拉致被害者の横田めぐみさんが入院していたとされる北朝鮮の病院に勤務していた関係者2人から得た証言を基に作成されたという報告書を入手。めぐみさんが「1994年4月10日、入院先で薬物の投与過多とみられる原因で死亡し、遺体は他の5人と共に山に土葬された」と報じた。
日本政府はすぐに「情報に信憑(しんぴょう)性なし」としてこれを否定、韓国情報機関の国家情報院は同紙の事実関係照会に「ノーコメント」だったといわれる。
崔代表は2006年、めぐみさんの夫がほぼ同時期に韓国から拉致された金英男氏であることを突き止めたり、これまでに何人もの韓国人拉致被害者を帰国させてきた「実績」の持ち主。日本政府はその手腕に着目し、日本人拉致情報を探ったとみられている。
専門家は報道内容にいくつか疑問点があると指摘するが、崔代表は今の心境をこう語る。
「なぜ日本は無条件にめぐみさん死亡説を否定するのか。こういう情報が出てきたら確かめるための追加調査をすべきなのにそれもしない。もし(死亡が)本当だったら、滋さんは後にあの世に行ってからどう思うだろうか」
一方、韓国にはこんな「めぐみさん生存説」もある。先月、ある北朝鮮ウォッチャーが極秘情報だとしてまとめた資料には、北朝鮮がめぐみさんを日本に帰国させることができない事情がこう記されていた。
「在日朝鮮人出身だった金正恩第1書記の母、高英姫は、朝鮮語よりも日本語で話す方が楽。また窮屈な宮廷のような生活では趣味のバドミントンの相手が必要だった。そこで、あてがわれたのが女の子でバドミントン部に所属していためぐみさん。めぐみさんは高英姫が生んだ正哲、正恩、与正にも日本語を教えた」
金王朝の内部を「知りすぎた」めぐみさんを外部に出せないというわけだ。
しかし、すでに似たような情報は10年ほど前にも報道されていた。また、高英姫がバドミントンの趣味をもっていたということについて、金正日総書記の料理人だった藤本健二氏(仮名)は「1500㍍をすいすい泳いだり、テニスに興じていたことはあったが、バドミントンをしていた姿は見たことがない」と語った。
日本人拉致をめぐり真相を明らかにできなかったり、すぐ嘘がばれてしまうような「生死」情報が錯綜(さくそう)する韓国。その背景には「日本人拉致情報は売れば儲かることを多くの脱北者たちが知るようになった」(元韓国治安当局関係者)ことも挙げられる。
最初は韓国発の情報に一喜一憂していた被害者家族や支援者たちも、その多くが偽情報だったために今では“免疫”ができ、左右されることはほとんどなくなった。
分かってきたのは、皮肉にも北朝鮮でも極めて一部しか知らない日本人拉致情報が外部に漏れ伝わる可能性は非常に低いということだった。
(編集委員・上田勇実)