「北未来描けぬ」は開発権狙い?
どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(3)
日朝貿易の日本側窓口、東アジア貿易研究会。昨年7月、北朝鮮が日本人拉致被害者らの再調査に向け特別調査委員会を立ち上げたことを受け、日本政府が踏み切った対北制裁一部解除に密かな期待を寄せていた。
「北朝鮮と貿易をしていた在日商工人から『向こうから連絡が来た』という話を聞いたことがある。しかし、実際には動いていないようだが」
同研究会の若林寛之理事長はこう話す。
7月の一部解除には、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)幹部に対する北朝鮮を渡航先とする日本再入国の許可、北朝鮮への現金持ち出しや送金時の届け出緩和などが含まれたが、北朝鮮との輸出入全面禁止は依然として続いている。さらに今年3月末、一部解除以外の制裁が2年延長されることが決まった。
若林理事長は「日本企業や在日企業など以前は50社を超えた会員も今は10社ほど。年会費も減らしたが、このままの状態が続けば事務所を数年後に畳まなければならなくなる」と嘆く。
北朝鮮にとって日本はかつて中国、韓国と並ぶ貿易相手国だった。財務省通関統計によると、北朝鮮の対日輸出は1987年以降、16年間連続で2億㌦超を記録し、95年には約3億4000万㌦にまで達した。
主要品目を見ると、タコ・ウニ・貝柱などの魚介類や紳士用スーツ・ジャケット・ズボンなどの衣類、無煙炭などの鉱物など。北朝鮮が核実験を実施したことなどを受け、日本は独自の経済制裁に踏み切り、2007年以降、北朝鮮からの輸入はゼロだ。この間の対日貿易損失額は少なく見積もっても1000億円は下らない。北朝鮮にとっては決して少ない額ではない。
だが、日本の対北制裁がどこまで北朝鮮にダメージを与えているのか、必ずしも立証されているわけではない。
中国が支持する改革・開放路線に前向きだったとされるナンバー2で叔父の張成沢・朝鮮労働党行政部長を金正恩第1書記が処刑したことで、中国からの原油輸入がストップしたと伝えられたが、「北朝鮮の製油所稼働が止まっているという話は聞かないし、平壌ではガソリン車が走っている」(若林理事長)のが実情だ。
昨年5月の日朝ストックホルム合意では、これまでの日朝交渉を踏襲し「国交正常化の実現」が謳(うた)われた。これは北朝鮮が目指す最終目標として理解されがちだが、日本にとって正常化後の経済開発利権というメリットがあるのも確かだ。
拉致問題で世論が納得する「一定の成果」を出せば、あとは国交正常化交渉を前進させ、北朝鮮のインフラ投資につなげていく――。最近、拉致問題の関係者の間で「安倍さんは変わってしまったようだ」という声が漏れるようになった。第1次内閣(06年9月~07年8月)の時のような拉致解決に向けた純粋な熱意は冷め、長期政権が確実となったことで「別のこと」を考え始めているのではないかというのだ。
安倍首相は今年に入り「拉致問題を解決しなければ北朝鮮は未来を描けないということを認識させる」と、公の場で少なくとも2回話している。これは拉致問題で北朝鮮に断固たる姿勢を示したというよりも、「拉致解決後の未来」を一緒に開拓することを呼び掛けたメッセージのようにも聞こえるものだった。
(編集委員・上田勇実)