硬軟両様の「総連カード」
どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(2)
北朝鮮は昨年動きだした日朝交渉で、日本に対し二つの懸念を吐露してきたという。一つは競売手続きに入っていた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮 総連)中央本部の建物と敷地、もう一つは1回目の核実験に対する制裁措置として2006年以降、日本入港が禁止されている貨客船「万景峰号」 だ。
このうち特に総連中央本部に対する北朝鮮の執着は強かった。なぜか。元総連系商工人はこう指摘する。
「総連本部は単なる建物ではない。金日成主席が韓国動乱で疲弊した南朝鮮(韓国)に革命(共産主義化)を起こすという目的の下に、在日韓国・朝鮮人社会においても朝鮮籍が主導権を握るために結成した組織の一大拠点。主席の権威そのものであり、それは金正日総書記、金正恩第1書記にも引き継がれている。本部が現在の都心の一等地から移転したり、なくなるということは最高指導者の権威に大きな傷がつくということだ」
菅義偉官房長官は本部競売問題と日朝交渉とは別物だとしているが、拉致問題解決の道筋をどうしてもつけたい日本政府にとり、この本部競売問題こそが北朝鮮のウィークポイントであり、交渉を有利に運ぶためのカードになったのは言うまでもない。
日本側が本部競売問題をどのようにカードとして使ったか詳細は明らかではないが、「最終的に総連が継続使用できる形に収め、北朝鮮のメンツ を立てる代わりに被害者を日本に帰国させるというシナリオを最初から描いていた」(日本政府筋)ようだ。
本部競売は結局、2回目入札で次点だった不動産会社マルナカホールディングスが一転して山形県酒田市の不動産会社に転売し、総連は立ち退きを免れる道が開かれた。
ところが、北朝鮮側からの回答は「2人帰国」(同筋)という到底、受け入れがたいものだったという。そこでもう一つのカードが切られた。 先々月の総連トップ許宗萬議長宅へのガサ入れだ。
総連の歴史に詳しいある関係者によると、許議長は1980年代に総連が本国への集金マシン組織に変貌する上で、決定的な役割を果たした人物で、金正日総書記にその働きぶりを高く評価されたことでも知られる。後に「日本版金正日体制を築いた」と言われるほど、総連内部で絶大な影響力を持つようになった。
昨年7月の対北制裁一部解除で許議長は訪朝し、本部競売問題を解決するスキーム作りを本国と協議したとみられている。その許議長に対する家宅捜索は、日朝交渉で誠意を見せない北朝鮮に対する日本の警告だった。
本部競売の事実上の取り消しとトップ強制捜査という一見相反する動きは、拉致被害者の帰国をめぐる日朝間のせめぎ合いの中で安倍政権が北朝鮮に発した硬軟両様のメッセージだったとすれば説明がつく。
問題は、相手の急所を突くはずだった「総連カード」で北朝鮮を動かしきれていない点だ。「万景峰号」の入港解禁という残されたカードもあるが、日本としてはもう後がないだけに慎重になることも予想される。
再び膠着(こうちゃく)状態に陥るかに見える日朝交渉に対し、「家族会」(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)や「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)からは「再び圧力を」の声が強まっている。安倍政権は次の一手に何を打ってくるだろうか。
(編集委員・上田勇実)






