枝野ビジョン、政権「構想」に格上げできるか
《 記 者 の 視 点 》
菅義偉内閣の支持率は時事通信の6月の調査で33・1%と前月比0・9ポイント増と依然苦戦を強いられているが、本来ならば反射的に利益を得ても不思議でない野党第1党、立憲民主党の支持率は2・9%と前月比1・5ポイントも下落し、公明党(3・7%)の後塵を拝した。
この深刻な支持率下落にどのように影響したのか知る由もないが、同党の枝野幸男代表は先月、著書『枝野ビジョン 支え合う日本』(文春新書)を出版した。
「政権を取るためにも、その政権が期待に応えるためにも、何よりも理念と哲学、『目指すべき社会像』を明確にすること、そして、それらが自民党とどう違うのかを明確にすること…が重要だと考えている」
このような意気込みで表明した「枝野ビジョン」とは何か。254ページにわたる主張は、突っ込みどころが満載でとてもこの欄では書ききれない。ここでは経済社会政策に限ってその主張を見てみたい。
枝野氏は主張する。「過度な自己責任社会から『支え合い、分かち合う』社会に転換することこそ、私の訴える、ポストコロナ社会の理念であり、そして『近代化』の先にある社会の理念である」
それでは、「支え合い、分かち合う」社会とはどんな社会なのか。
「かつて『支え合い』を担ってきた家族や地域社会の機能は、都市化と核家族化などによって大幅に弱まっている」「政治と行政が、日本という『社会』の単位で互いに『支え合い、分かち合う』ための機能を果たすこと、それによって(個人の)『リスク』と『コスト』を平準化し、自助だけでは逃れられない『不安』を小さくすることだ」
つまり、政府の財政・法制的支援によって低所得者層の所得底上げ・非正規雇用の正規雇用への転換を徹底支援しようというものだ。
(小泉純一郎政権以降の)自民党の「『自己責任』を強調し、競争重視の新自由主義的な経済政策」によって拡大された「社会の格差」の是正、「老後や子育てなどの不安」の解消、「近代化の限界」の克服などがその名分。
「低所得者層の所得が底上げされれば、すぐに消費に回り、…経済成長につながる。逆に富裕層をさらに豊かにしても…相対的に経済成長に与える効果は小さい」。だから、低所得者層の支援は経済成長に直結するという理屈もある。
しかしこれは、高所得者層が行う投資が経済活性化に与える効果などを無視した乱暴な決めつけであり、「ばら撒き」政策を正当化する理屈でしかない。
自ら「少し理屈っぽくて難しい、『理念』について記した」と煙幕を張っているように、さまざまな支援策がどれだけの財政負担を生み、それをどの財源で賄うのか、具体的な検討はない。
その意味で、文字通りの政権「理念」でしかない。総選挙までに、政権「構想」にまで肉付けできるのか。単なる理念・哲学で終わるのか、注目したい。
政治部長 武田 滋樹