フェミニズムのジレンマ、女性スペース立入問題
《 記 者 の 視 点 》
「性自認至上主義」生むジェンダー概念
筆者は昨年12月11日付のこの欄で、「トランスジェンダリズム」(性自認至上主義)をテーマにした。性自認至上主義とは、自分が男女どちらか、あるいはどちらでもないなどを、体の(生物学的な)性別と関わりなく、自分で決めることができる、いわゆる「性別の自己決定権」を認める考え方だ。
欧米では、この思想を基に「差別禁止」の立法措置も講じられている。このため、トランス女性(体は男性)がトイレやサウナなどの「女性スペース」に入る事例が出ていることから、日本でも、女性の権利を守るフェミニスト活動家などが危機感を強めている、というのが記事の趣旨だった。今回はその続きだ。
新年早々、フェミニストらの懸念を裏付ける事件が起きていたことが分かった。大阪府警は6日、「女性」と自認する(戸籍上の)男性(40代)を商業施設(大阪市内)の女子トイレに入ったとして、建造物侵入の疑いで書類送検した。容疑事実は昨年春に起こしていたが、それ以前から複数回苦情が寄せられ、警察が警戒中だった。
報道によれば、本人は「性同一性障害」の診断を受けておらず、会社では男性として仕事をしていた。しかし、休日は女装し、たびたび女子トイレを使っていたという。性自認至上主義からすれば明らかな「トランス女性」ということになる。
公共施設などには多目的トイレが設置してあるのに、それを使わなかったのは「女性」であることを自己確認したかったからかもしれない。それは当事者でないと理解できない心理だろうし、全国には同じような心理からトランス女性が女子トイレを使う事例はかなりあるとも推測できる。
この事件は書類送検となったことで報道され表面化したが、もしわが国に「LGBT(性的少数者)差別禁止法」があれば、書類送検どころか、本人に注意することもできないだろう。さらには、女子トイレへの侵入目的に「トランス女性」を詐称する犯罪者でさえも、「私は女性だ」「差別だ」と言い張られれば、警察も取り締まることは難しくなる。
性自認至上主義の欠陥は、犯罪者の侵入に対する女性の恐怖だけでなく、たとえ本当のトランス女性であっても男性の身体的特徴を持つ人間が、女性スペースに入ってくることに対する女性の不安が無視されている点だろう。だから、フェミニストたちは、トランスジェンダーの性自認を尊重しながらも、性自認至上主義は女性の人権を侵害すると強く反発しているのだ。
ところが、男性の生物学的な特徴を持つトランス女性を、女性スペースに入れるべきではないという主張は、フェミニズムにジレンマを生じさせている。
トランスジェンダー(性別違和)という言葉の基になった「ジェンダー」は、社会的に構築された「文化的・社会的な性別」(心の性別)という意味で使われているが、その概念は、生物学的な性別を意味する「セックス」と区別するために、フェミニズム運動から生まれたものだ。女性と男性を生物学的に「区別」することは、「性別役割分業」を正当化することにつながり、女性「差別」の根拠になると考えられたのだ。
だから、フェミニストたちが今、トランス女性による女性スペース立ち入り問題で、生物学的な特徴の違いを訴えることはご都合主義と見られても仕方がない面がある。彼女らの運動に親和性を持つ左翼陣営が冷淡なのは、このためなのだ。
社会部長 森田 清策