中国当局 モンゴル語教育廃止へ
内モンゴルで進む文化殺戮(上)
「モンゴル語での教育を廃止し、代わりに中国語での教育を実施する」――。400万人以上のモンゴル民族が暮らす内モンゴル自治区で中国当局の出した通達の衝撃が、SNSなどを通じて世界各地のモンゴル人に広まっている。「双語教学」の大義名分のもと、これまで二つの言語を用いながらモンゴル民族が守ってきたモンゴル語への事実上の廃止宣告は、中国が進めるモンゴル文化抹殺にさらに拍車を掛けるものだ。(辻本奈緒子)
9月新学期から中国語中心
世界各地で抗議の声
今年6月、内モンゴル自治区の通遼市に中国当局から非公式の指示が下された。内容は、「9月からの新学期より、小学校における道徳の授業を中国語で行うとともに、中学校以上の教育機関においてモンゴル語での教育を廃止し、中国語中心の教育に切り替える」というものだった。この情報は内モンゴルだけでなく、国境を隔てたモンゴル国をはじめ日本や米国、カナダなど世界各地に住むモンゴル民族に伝わり、抗議の意を表したプラカードや横断幕を掲げた画像などがSNSやインターネットで次々と拡散された。モンゴル国では、モンゴル文化への愛着をうたった詩を朗読し、動画を投稿する動きも広まった。
現在、モンゴル民族が暮らす主な地域は内モンゴル自治区の他、人口約300万人のモンゴル国、ロシア側に位置するブリヤート共和国などだ。1924年に成立した、社会主義国家のモンゴル人民共和国を経て90年から民主化したモンゴル国では現在、ロシア語のアルファベットに2文字を足したキリル文字による表記が主に使われている。
一方、内モンゴル自治区では、ウイグル文字系統の伝統的なモンゴル文字による表記が使われ、中国語と併記されることが多い。自治区の学校教育では、モンゴル語やモンゴル文化に関する科目を除く理系科目などの授業が中国語で行われており、小学校から入寮させることで児童を家庭環境から隔離するなど、家庭事情によっては中国語中心の生活を送る子供も少なくないという。専門分野を母語で学ぶため、中国のパスポートを手にモンゴル国へ留学する若者もいる。そうした現状にとどめを刺そうとしているのが、今回の措置だ。
「今は通遼市だけだが、今後ほかの地域でも同じ政策が取られることは明らかだ」と、モンゴル民族による国際連帯組織「南モンゴルクリルタイ」の日本在住幹部は危機感をあらわにする。
そもそも、「通遼市」という都市名も本来の名称ではない。モンゴル語でジェリム盟(ジレム・アイマグ)と呼ばれていた地域が1999年、都市部の非農業人口が25万人以上の地級市に昇格した際に中国語の名称に改められたもので、自治区内の他の地級市名称においても、中国語の意訳や当て字が用いられている。通遼市はモンゴル民族が最も多く暮らす地域とされているが、それでも周辺地域からの人口流入が進み、人口の半数は漢民族が占める。内モンゴル自治区全体の人口を見ると、漢民族の割合は約7割という現状だ。
7月下旬には、内モンゴル自治区出身で静岡大学教授の楊海英氏がウェブサイトを通じて、動画で中国当局の行為を「実質的な文化的ジェノサイドだ」と批判し、政策の中止を訴える署名運動への賛同を呼び掛けた。同サイトで公開された抗議文によると、8月10日までに世界中から3643人の支持・賛同を得たという。