「日本型福祉社会」の実現を
大切な世代間扶養の摂理
家庭基盤が充実する政策に
社会保障制度が充実した結果、高齢期の生活保護を国に頼ることとなり、家族による生活保障の時代には意識されていた「世代間扶養の摂理」(子どもを産み育てる事の重要性)を忘れてしまっている。
福祉の概念が社会に定着し、介護保険制度や市場経由の介護サービスが安価に提供されるようになった結果、家族内介護という考え方が必要以上に軽視されるようになった。
昭和50年代、高度経済成長に陰りが見え始めたころに、未来を見据えて国家再建の道筋を示そうとした大平正芳内閣の取り組みが注目されていた。大平総理は国家再建の基本を家庭に置き、「文化の重視、人間性の回復をあらゆる施策の基本理念に据え、家庭基盤の充実、田園都市構想の推進等を通じて、公正で品格のある日本型福祉社会の建設に力を尽くす」べく施政方針を述べている。
先進国とされた英国型・スウェーデン型の福祉社会は、財政負担が大きく、しかも国民のモラルが退廃して行き詰まる危惧がある。日本が目指すべきは、英国型でもスウェーデン型でもない、「日本型福祉社会」である。
個人を包む最小のシステムである家庭基盤の充実を図り、安全保障システムとしての家庭の機能を強化することを重視する日本型福祉は国家が主体となるのではなく、家庭や地域、企業などを福祉の担い手として期待し、国はそれらの基盤を充実させる政策を探るべきである。
1984年には所得税の配偶者控除のための限度額が引き上げられ、同居老親の特別扶養控除が導入された。1985年には専業主婦の基礎年金第三号被保険者制度、贈与税の配偶者特別控除が導入された。1987年に所得税の配偶者特別控除導入、1989年には配偶者特別控除の拡充が行われた。
1990年代に入ると、日本政府は過激なフェミニズム思想の影響を受けた国連「女子差別撤廃条約」を批准した。同条約では男女の「区別」自体を「差別」として否定している。さらに1994年6月には社会党の村山富市内閣が発足。7月に「男女共同参画推進本部」の設置を閣議決定。男女共同参画審議会が本格的に動き始め、男女共同参画の基本理念は専業主婦を敵視し、家庭破壊をもくろむジェンダーフリー思想の強い影響を受けたものとなった。
1997年、橋本龍太郎内閣が、「男女共同参画2000年プラン&ビジョン」を打ち出し、世帯単位の考え方を個人単位にあらためると述べられている。具体的な取り組みとして、夫婦別姓、配偶者に係る税制、そして1999年に「男女共同参画社会基本法」が公布・施行され、翌2000年には「男女共同参画基本計画」が閣議決定され、本格的な展開を見ることになった。
小泉純一郎内閣の経済財政諮問会議は「骨太の方針」の中で、社会保障を専業主婦モデルから共稼ぎモデルへ転換することを明らかにした。
民主党政権となった後、2010年12月には「男女共同参画第三次基本計画」が発表され、配偶者控除の縮小・廃止を含めた税制の見直しの検討を進めるとの一文が入るに至っている。
本来家庭で担うべき子育てや介護などの役割を外部の機関が担うという、「子育ての社会化」政策が推し進められてきた。
子育て中の女性を労働力として活用するとの方針のもとに、短時間・長時間保育、休日保育、病児・病後児保育、駅前保育といった多様な保育ニーズに対応できるやり方が拡大した。1999年施行の「男女共同参画社会基本法」が保育所の量的拡大を後押ししたが、こうした政策で少子化に歯止めがかかることはなかった。
子育ての社会化を一段と推し進めようとする姿勢には、働く大人の都合はあっても子どもの健全育成にとって何が大切かという視点は見えない。
しかし一方で、事実婚、夫婦別姓、同棲、さらには同性婚など、個の自由、価値観の多様化と称して、多様な「家庭観」が蔓延(まんえん)してきており、それが家庭の本質を崩壊させている。
アメリカの文明評論家アルビン・トフラー氏は、共同体が崩れ、人々が社会から孤立し、孤独に苛(さいな)まれている状況においては、「まず、共同体の原点としての、家庭を見直さなければならない。失われた家庭の機能を復活し、拡大しなければならない」と強調する。
ノーベル賞受賞者の大脳生理学者ジョン・エックルス氏は、「一夫一婦制の結婚と核家族の成立がヒトの進化の初期において決定的な基点になった可能性がある」と述べている。
家庭における世代間の関係が崩壊することは、歴史と伝統の破壊を意味し、家族の解体は社会と国家の解体を招来することになる。
日本国憲法には、諸外国の憲法或いは世界人権宣言や国際人権規約では、一般的な規定である「家族尊重条項」が存在しない。
(あきやま・しょうはち)