仏強襲揚陸艦の対露輸出中止
響いたウクライナ問題
契約破棄に伴い中国購入説も
ロシアは、フランスからミストラル型強襲揚陸艦(2万1500㌧)を購入予定だったが、ロシアのクリミア併合やウクライナ東部での戦闘継続を受け、フランスはロシアに輸出契約の破棄を申し入れている。
そもそもロシアのミストラル購入計画は、2008年8月のグルジア紛争で黒海からの増援部隊の揚陸に多大の時間を要したことが発端と言われている。
2009年9月、ポポフキン露国防次官がフランスと購入交渉中との発言から明らかになった。2011年6月17日、正式な2隻の建造契約が結ばれた。
ロシアの計画では4隻体制、最初の2隻は仏から購入、残り2隻はライセンスを取得してロシアで建造、太平洋艦隊と北洋艦隊に配備する予定であった。近年ロシアが重視している北極海を視野に入れた配備である。
一番艦「ウラジオストク」は仏サンナゼール(パリから南西へ約370㌔)で2012年2月1日起工、2013年10月15日進水し、2014年11月14日にロシアに引き渡す契約であった。二番艦「セヴァストポリ」は2013年6月18日起工、2014年11月22日進水している。
一番艦ウラジオストクは、太平洋艦隊に配備予定であった。同艦隊には、イワン・ロゴフ型揚陸艦(1万4000㌧)が配備されていたが、2012年に除籍され、大型揚陸艦は存在せず、ペトロパブロフスク基地やカムチャッカ半島南東部への補給も厳しい状況であった。
ウクライナ危機が発生、経済制裁のほか、フランスに対し米国からロシアとの軍事・政治協力を縮小するよう要請があったが、フランスは、2014年5月12日、ミストラルの売却を確認、6月5日にはオランド仏大統領は「10月にロシアに引き渡される」、さらにマレーシア旅客機撃墜事件(7月17日)数日後の7月21日にも「艦はほとんど完成し、10月には引き渡さねばならない」と述べていた。
それが、9月13日には、米国の圧力を受け、仏大統領は「もしウクライナ情勢が改善されなければ、11月の艦艇の引き渡しを一時停止する」に変化した。
この発言に対し仏のロシア問題専門家は、引き渡し合意の取り消しは、兵器取引におけるフランスの評判に回復困難な傷跡を残すと批判していた。ロシアが注文したミストラルは、北極海で使えるよう特殊な鋼合金の船体に改良されており、ロシア製の電子機器、対空ミサイル搭載などロシア仕様が施されることになっていた。
2014年6月、ロシアの練習艦「スモーリヌイ」はミストラル乗船要員を乗せ、フランスのサンナゼール港に滞在し、彼らは操船技術を学び始めていた。AFP(フランス通信)は、9月13日未明、ロシアの要員200名を乗せて、ウラジオストクが試験航海のため同港を出発した、と報じている。これは、引き渡しの問題が未解決のままの中の、仏露の含みのある行動であった。
事態の展開を固唾をのんで見守っていたところ、ついに仏大統領は、11月25日、ウクライナ東部の状況は思わしくなく、ミストラルをロシアに引き渡すことは出来ない、との声明を発表した。これをロシアでは、「フランスは、米国に忠実であるか、自分自身の国益を追求するか、岐路に立っていた。今回は、結果的に、前者を優先させて、割を食った。兵器輸出上の評判を落し、さらに仏国内の企業にも不満を抱かせてしまった」と評した。
練習艦「スモーリヌイ」は、12月18日、サンナゼール港を出港、帰国の途についた。
本年1月13日、ロシアは、仏国防省に対し、ミストラル型強襲揚陸艦契約不履行の理由を公式に説明するよう求めた。
5月15日付 露『コメルサント』紙は、フランスが契約解除料7億8500万ユーロ(約1065億円)をロシアに提案、ロシアはこれに同意せず、契約破棄に関連するロシア側の「コストと損失」を11億6300万ユーロ(約1580億円)と算出、また返金されるまでいかなる再輸出の許可も出せない、と報じている。
契約破棄に伴い、ブラジル、カナダ、エジプト、インド、それに中国への売却が噂に上っている。特に、仏のミストラル艦「ディズミュド」とフリゲート艦が、5月9日、友好訪問のため上海に寄港したため、中国購入説が駆け巡った。ただ、中国のニュースサイト「環球網」は欧米等の外交摩擦や高価格を理由に購入を否定している。
ミストラルのロシアへの輸出で、米国はフランスに圧力をかけ続け、オランド大統領は経済的損失を甘受し、政治的決断を下した。だが、一方の米国の2014年対露貿易額は前年比5・6%も増加し、292億㌦に上った。
総じて、EU諸国は対露貿易額が大きく落ち込んでいる(昨年12月)。したたかであるはずの西欧諸国を相手にして、あくまで自らの国益を追求する米国を改めて知り得る例である。
(いぬい・いちう)